世界の近視対策~こどものスマホ規制を調べてみた
こどものスマホ使用を禁止したロサンゼルスの記事を読んで

昨年、スマホに関する米国ロサンゼルスのニュースが目に飛び込んできました※。米国のロサンゼルス統一学校区の教育委員会が、同学校区に通う42万9000人の生徒のスマートフォン使用を禁止する方針を決定したとのことでした。目的は、学習を妨げ、メンタルヘルスに悪影響する恐れのあるソーシャルメディアの使用を制限することとのことです。
スマホが登場してから十数年。その便利さと楽しさは進化し続け、いまやスマホ依存とも言える状況が広がっています。スマホの長時間使用は、メンタルヘルスだけではなく、目や首などにさまざまな不調をもたらすことがわかってきました。しかし、子供の脳や視力への悪影響は大人の比ではなく、国家をあげてこどものスマホ規制に取り組む国々があります。
今後世界では、こどものスマホ使用に関してどのように変わっていくのでしょうか?今、日本はどの位置にいるのでしょうか?今回は、近視予防の視点から、こどものスマホ規制にどう臨むべきかきかを世界から学んでみたいと思います。
世界が懸念し始めたこどもの心と近視への悪影響

スマホを長時間使うことが、身体や精神にさまざまな影響を与えることが分かってきました。このなかで世界の国々が特に問題視してスマホ制限に動いている問題は次の2つです。
- ① こどものこころ(精神)への悪影響(メンタルヘルス)
- ② 近視の進行加速
共通するのは、ともに発達途上にあるこどもへの悪影響という点です。
各国が共通して問題視するのは、メンタルヘルスへの悪影響です。SNS依存がもたらす不安、抑うつ、自殺念慮などです。特に学童期の脳発達との関連が問題視されています。他にも、睡眠障害、ネットいじめや性的・暴力的コンテンツへの暴露などが問題視されています。一方、近視人口が爆発的に増大してきたアジアの国々が重視するのは、近視進行加速の問題です。特に、台湾、中国、シンガポールは、国を挙げて近視予防に取り組み、その重要課題としてスマホをはじめとするデジタルデバイス規制を行っています。
長時間スマホが近視進行を加速させるわけ
スマホは小さいため、片手で持ち運べ、どこででも見ることができる便利さがあります。しかし、裏を返せば小さいがために、画面に近づいて見てしまうという宿命があります。そして、画面に近づくほど、近視の進行は加速することがわかっています。また、スマホの時間が長くなるほど、屋外で過ごす時間は減少してしまいます。近視の予防には、屋外で過ごす十分な時間が決定的に重要であることが分かっています。
このように、長時間スマホ使用は、ダブルパンチで近視進行を加速させてしまうのです。
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世界の国々のこどもスマホ制限
近視人口が爆発的に増えているアジアの国々では、ロサンゼルスと異なり、近視予防がスマホ規制の主目的のひとつです。こうした国々は、国の公衆衛生の問題と捉え国を挙げて近視進行予防に取り組んでいます。その対策のひとつとしてスマホ規制があります。各国の対策の一端をのぞいてみましょう。
① 台湾:法律によるスクリーン時間規制と屋外活動奨励

台湾は、1980年代から近視予防の取り組みを行ってきている近視対策の先進国です。2010年、屋外活動と近視予防の関係性を示す研究結果に基づいて、教育省と健康省が主導して、1日2時間以上の屋外での活動の導入を開始しました。この屋外活動の導入を進めてから近視の発症率が大きく減少し、進行も大幅に遅くなるとう結果を受けて、2013年には、体育の授業に関する法律が改正され、週に2時間半(150分)以上の屋外運動の実施を法制化しています。
家庭においては、親に対して子供に電子機器を長時間使わせないことが、法律で義務付けられており、罰則もあります。親と法定後見人は、子供が身体的または精神的に病気になるほど電子製品の使用を許可したことが判明した場合、最大50,000台湾ドル(2,150シンガポールドル)の罰金が科せられる可能性があるとしています。ただし、何時間以上などの具体的な基準は示されていません。この法律の目的はこどもの近視予防とメンタルヘルスをどちらも含んでいます。
Taiwan revises law to restrict amount of time children spend on electronic devices
② 中国:深刻な近視増大への国家的対策

近視人口の増加と低年齢化対する中国政府の危機感は大きく、2018年に包括的な「児童青少年近視予防・抑制プラン」を策定しました。この計画では2030 年までに全国の児童青少年の近視率を 6 歳の児童で 3%程度に、小学生で 38%以下に、中学生で 60%以下に、高校生で 70%以下に、それぞれ引き下げるという数値目標が掲げられています。その実現に向け、教育部(教育省)や国家衛生健康委員会など関係省庁が具体的で詳細なガイドラインを次々と打ち出しています。ユーザーには罰則はありませんが、プラットフォーム企業には罰則を設けて規制しているのが特徴です。
China looks to limit children to two hours a day on their phones
☆ユーザーへのガイドライン(罰則なし)一部抜粋
- 幼児期(0~6歳)のデジタルデバイス規制
幼児期は視力発達に重要な時期となるため、「この時期の子どもには可能な限りスマホやパソコンを使わせない」よう保護者に強く勧告。また親自身も子どもの前で長時間デバイスを使用しないなど手本を示すよう勧告。
- 学校教育の場でのデジタルデバイス規制
例えば小中学校では電子機器を用いた授業は全授業時間の30%以内に制限するルールを導入。
- 家庭でオンライン学習
30~40分連続使用したら10分休憩を取ることを勧告。
- 遊びや娯楽目的の電子機器使用
1回15分以内・1日合計1時間以内に抑えることといった詳細な目安を提示。
☆プラットフォーム企業へのガイドライン(罰則あり)
2019年以降, TencentなどIT各社はアプリに「未成年モード」を導入し、利用可能時間帯やコンテンツを制限するよう求められました。2021年には18歳未満のオンラインゲーム利用を週3時間以内(金土日それぞれ1時間ずつ)に制限する厳しいルールも施行されました。2023年には国家インターネット情報办公室(CAC)が「未成年スマホ利用時間制限」の新ガイドライン案を発表し、以下のように制限をかけました。
- 18歳未満:スマホ・インターネットの夜間(22時〜6時)使用禁止
- 16〜18歳:1日最大2時間まで
- 8~16歳未満:1日最大1時間まで
- 8歳未満:1日最大8分まで
「未成年者モード」
③ シンガポール:国家的プログラムによる近視予防

シンガポールはこどもの近視流行にいち早く対策に取り組んできました。シンガポールは、近視進行抑制点眼薬「マイオピン」を開発したことでも知られており、それが今年日本で認可されたリジュセアミニ点眼液(参天製薬)のもとになりました。2001年にはThe Ministry of Health (MOH)が「全国近視予防プログラム (National Myopia Prevention Programme, NMPP)」を立ち上げ、外遊びの推進、電子機器の使用時間制限、学校での定期的な視力検査などを組み合わせた「国家近視予防プログラム」を実施しています。
特筆すべきは、2025年1月21日、Temasek小学校での記者会見で、Ong Ye Kung保健相は、「生後1,000日間に健康的な生活習慣を身につけることが、子どもの将来に大きな影響を与える」という確固たるエビデンスがあると述べたように、生後からの近視予防のための生活習慣形成を見据えている点です。シンガポールは「近視対策の先進国」として各国のモデルケースとなっています。
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MOHのスクリーンタイムガイドライン
- 生後18か月:スクリーンタイムは「0」
- 生後18か月~6歳:学校以外では1時間以内。食事時間と就寝前はスクリーンタイム「0」に
- 7歳~12歳:学校以外では2時間以内。無制限のインターネット使用を禁ず。SNSも禁ず。
Guidelines on screen use to be rolled out in Singapore schools
④ アメリカ合衆国:ガイドラインと州レベルの取り組み

アメリカでは、学校での生徒のスマホ使用を制限する動きが広がっています。これは、授業中の注意散漫や、ソーシャルメディアによるいじめ、メンタルヘルスへの悪影響などを懸念してのことです。しかし、学校や州、医学会、保護者など様々な立場からの意見が交錯し、まとまった動きにはなっていないようです。冒頭で紹介したロサンゼルスの取り組みは、その一端を表していると捉えることができます。
⑤ フランス:学校でのスマホ禁止

フランス政府は2018年8月、15歳未満の生徒は授業時間に限らず休憩時間や昼食時間も含め学校内で携帯電話等を使用してはならないとする法律を公布しました。その後、2025年9月からは中学校での持ち込みが全面的に禁止される方針が発表されました。これは、生徒の学力低下や心身への悪影響、いじめやハラスメントのリスクを軽減するたことを目的としており、近視進行予防が目的ではありません。
WHOのガイドラインは?

世界保健機関(WHO)は、こどものデジタルデバイスに関するガイドラインを出しています。2019年に発表されたガイドラインによると、2歳から4歳の幼児には1時間以上の使用をやめさせること、そして1歳児には絶対に画面を見せないという内容が掲載されています。また座った姿勢で画面を見ること、適切な運動量を常に保つことも大事だとしています。WHOも生後からデジタルデバイスを制限することに主眼を置いています。
日本では法的規制はない

日本はこどものスマホ規制に関しては啓発に留まっており、ここで紹介した国々に比べると政策としては遅れをとっています。ひとつだけある規制はフィルタリング機能の利用義務です。
2018年2月に施行された「青少年インターネット環境整備法」により、18歳未満が携帯回線を契約する際には、フィルタリング機能の利用が義務付けられました。これは、有害サイトへのアクセス制限や、利用時間制限などの機能を提供するものです。
スマホをはじめとするデジタルデバイスの法的規制は、限定的で一部自治体で条例による利用時間制限などが試みられている段階です。なぜでしょうか?2つの観点から考えてみたいと思います。
① 日本の教育文化
日本の教育文化は、家庭や個人に対する自律性を重視する傾向が強く、国家や行政による介入を最小限にとどめようとする姿勢が見られます。特に、子どもの育成やスマホ使用に関する判断は「家庭の責任」とされることが多く、学校や行政が一律にルールを設定することに対して慎重な空気が存在するようです。
台湾やシンガポールやフランスなどが、社会全体が「規制は子どもを守るための手段である」という価値観を共有しているのと対照的です。
② 近視の社会的認識の未熟さ
近視に関する社会的な理解が十分でないことも無関係ではないと思います。近視は感染症や栄養失調のような即時的なリスクを伴う疾患ではないためと思われます。近視が強くなると失明リスクを伴いますが、それは未来のできごとであり、今すぐ困らないため、優先順位が高まっていないのではないかと思われます。
近視が強くなると失明するって本当?
文科省や日本眼科医会は、啓発の努力を行っておりますが、児童をお持ちのご両親とお話ししても、ご存じないケースがまだまだ多く、国民にメッセージが行きわたっていないのが実情です。
子どもの目・啓発コンテンツについて
目をまもるためにはどうすればいいの?
鍵は母子保健
ここに挙げた国々の取り組みやWHOのガイドラインから何が学び取れるでしょうか?近視問題とメンタルヘルスにおけるデジタルデバイスの課題は、生後から習慣づけが必要な母子保健の課題であることがわかってきます。現在法律で義務づけられて、厚生労働省が定めた基準に基づき各自治体が実施している検診は、1歳6ヶ月児健診と3歳児健診です。3歳児健診では、目の検診が行われますが、弱視の原因となる強い遠視や斜視の発見に主眼が置かれています。これ以外にも、1ヶ月健診や3~4ヶ月健診、6~7ヶ月健診、9~10ヶ月健診も多くの自治体で行われています。これらの健診では、お子さんの成長や発達の状況を把握し、必要に応じて専門的な相談や精密検査を行いますが、近視に関する指導はこれまでありませんでした。
しかし、ようやく昨年の改正母子保健法施行規則により、母子健康手帳に、2歳、3歳、4歳、5歳、6歳の各年齢のこどもの保護者の記録欄に、テレビやスマートフォンの長時間の視聴に関する対応を尋ねる項目が設けられました。これは、こどものデジタルデバイス使用時間に関して親の注意喚起を期待する施策と言えます。しかしながら、アジアの国々やWHOガイドラインにあるような生後からの明確なデジタルデバイス許容時間を指導するまでには至っていません。今後、こどもが生まれた時からデジタルデバイスの使用時間についての明確なガイドラインをつくり、母子保健のなかで両親が学び取る仕組みを確立することが日本の近視対策の鍵になるのではないかと感じました。
この記事を執筆した医師

株式会社Personal General Practitioner代表取締役社長/医学博士・眼科専門医
板谷 正紀
京都大学医学部卒業。以後20年間、京都大学および米国ドヘニー眼研究所で網膜と緑内障の基礎研究と臨床、手術に取り組む。 京都大学では眼底の細胞レベルの生体情報を取得する革新的診断機器「光干渉断層計(OCT)」などの開発と普及に貢献する。 複数の産学連携、医工連携プロジェクトを企画推進し、2003年文科省振興調整費「産官学共同研究の効果的推進」に選ばれる。 医師でのキャリア35年。増殖糖尿病網膜症や増殖硝子体網膜症、緑内障などの難症例の手術治療を得意とする。
英語論文148報(査読あり)
著書『OCTアトラス』、『OCT Atlas』、『Everyday OCT』、『Myopia and Glaucoma』、『Spectral Domain Optical Coherence Tomography in Macular Diseases』
株式会社Personal General Practitioner(PGP)https://pgpmedical.com
