急に視野が欠けキラキラした模様が動く「閃輝暗点」って何?
ストレス社会で誰にでも起こりうる脳の現象

前触れもなく静かに始まる奇妙な視界の異常、ご存じですか?
パソコンなどを見ているとなんとなく見えにくいという感覚で始まり、気が付くとキラキラした模様が動いているのに気がつきびっくりします。
この光は、この世のものとは思えない幾何学的でダイナミックな光で、中心付近から始まり、ゆっくりと移動して視界の端の方へ広がっていきます。そして、心配なことに、視界の一部がはっきり見えない、つまり視野が欠けていることに気が付きます。驚きのあまり「これは、やばい病気ではないか?」、「自分はどうなってしまうのだろう?」、「このまま死んじゃうの?」と不安な気持ちになります。さすがに仕事が手につかず、ぼーっとしていると20分も経つ頃には、キラキラした光は消え、もとどおり見えています。ホッと胸をなでおろしますが、だんだん心配になってきて眼科を受診します。
でも、心配されないでください。多くの場合は、ストレスなどが引き金になって起きる「閃輝暗点」いう脳のけいれんのような現象です。片頭痛の前触れとして起きることも。ただし、まれに脳の重い病気から似た症状が出ることがありますので、眼科などに受診いただくことは大切です。
今回は、誰にでも起こりうる奇妙な視界の異常「閃輝暗点」について知っていただきたいと思います。
閃輝暗点とは?

閃輝暗点とは、突然あらわれる視覚の異常で、「光のギザギザ(閃輝)」と「見えにくい領域(暗点、本質は視野欠損)」が組み合わさっていることが特徴です。人により「ギザギザした光」、「キラキラした模様」、「チカチカしたジグザグの線が動いていく」、「波のような光がゆっくり見えて消える」などいろいろと表現されます。実際に経験してみると言葉では表せない不思議な光です。強いて言うなら、さざ波のように動く幾何学模様の光です。
片目だけに出ることもあれば、両目に現れることもあり、人によって見え方や色、持続時間が少しずつ異なります。「網膜剥離?」「脳の病気?」と不安になりますが、多くの場合は片頭痛の前兆として知られている一過性の神経現象です。閃輝暗点だけで頭痛を伴わず終わる方も多いです。
閃輝暗点の視野欠損と目の病気の視野欠損はどう違う?

閃輝暗点の視野欠損は一時的で、10~30分程度で元に戻ることが特徴です。一方、視野が欠ける目の病気は、緑内障や網膜剥離など多種多様ですが、このようにすばやく回復することはありません。緑内障による視野障害は、ゆっくり進行しますが、元にはもどりません。網膜剥離による視野欠損は、急速に広がることが多く、自然に治ることはほとんどありません。視神経炎という病気のように、自然に改善する目の病気もありますが、数週間~数か月かかります。
また、視野欠損と同時にキラキラした光が見えることも閃輝暗点に特徴的です。目の病気では、網膜剥離が起きるときに、視界に閃光が見えることがあります。光視症と言います。光視症は、パッパッと瞬間的な光が、時に繰り返し起きます。一方、閃輝暗点は、光がさざ波のよう持続的に起きます。両方経験すれば誰でも区別は簡単ですが、現実には無理なので迷われたら眼科を受診して目に異常がないか確認してもらいましょう。
閃輝暗点は“目の病気”ではなく“脳のさざなみ現象”

「視界に異常が出た」と聞くと、つい目そのものに原因があると思ってしまいます。しかし、閃輝暗点の原因は“目”ではなく“脳”、特に視覚をつかさどる後頭葉にあります。私たちがものを見るとき、目はカメラのように映像情報を含む光を受け取る装置であり、映像を構築して「見えた」と感じているのは、実は脳の視覚野(後頭葉)です。
閃輝暗点は、この視覚野で一時的に起こる神経の異常な活動によって生じるという説が有力視されています。具体的には、「皮質拡延性抑制(Cortical Spreading Depression, CSD)」と呼ばれる現象です。これは、次に説明にあるように“脳のさざなみ現象”と考えられています。
皮質拡延性抑制(CSD)とは?
難しい言葉でイメージが湧きませんね。簡単にいうと、脳の皮質をゆっくりと進んでいく「異常な神経活動のさざ波」のようなものです。一部の神経が急に興奮(山)し、その後、抑制(谷)されるという活動の波が脳の皮質を伝わっていくという現象です。この波が後頭葉の視覚野を通過すると、閃輝暗点が生じると考えられています。情報処理をしている脳の“映像センター”が一時的に波の影響を受けて乱れるというイメージです。
脳の現象というと、怖いイメージですが、閃輝暗点は、ほとんどの場合は時間とともに自然に消える無害な現象なので、ご安心ください。
なぜ起きるの? ― きっかけはストレスや睡眠不足

残念ながら、なぜ閃輝暗点が起きるかは、解明されていません。しかし、発生の引き金(トリガー)となる誘因はわかっています。以下に誘因リストを挙げますが、誰しも経験があることがほとんどですね。それなのに、閃輝暗点が起きるときと起きない時がある、あるいは、起きる人と起きない人がいる、のは不思議です。各誘因がよほどひどかったり、誘因が重なったりすると、閃輝暗点が起きるのでしょうか?
誘因リスト
- ストレスの急激な変化
過度の緊張状態の継続、あるいは緊張からの解放(仕事が終わった週末など)
- 睡眠の乱れ
寝不足、寝すぎ、時差ぼけ、生活リズムの乱れ
- 空腹・低血糖
食事を抜いたとき、血糖値が下がったとき
- 光刺激
強い日差し、フラッシュ、ディスプレイの長時間使用など
- ホルモン変動(特に女性)
月経の前後、排卵日、更年期など
- 特定の食べ物・飲み物
チョコレート、赤ワイン、チーズ、ナッツ、カフェインなど
- 脱水・疲労
水分不足、極度の疲れ、過度の運動など
- 気圧や天候の変化
台風、急な低気圧、寒暖差が大きい日など
片頭痛を伴わないことの方が多い

閃輝暗点は片頭痛の前兆として起きる場合と、片頭痛を伴わない場合があります。実は、片頭痛を伴わない場合の方が多いとされています。先ほどの、「皮質拡延性抑制」説では、異常な神経活動のさざ波が痛みを司る三叉神経核や視床下部に届くと片頭痛が生じると考えられています。逆に言うと、このさざ波が、視覚野に留まり、三叉神経核や視床下部に及ばなければ閃輝暗点だけを自覚するというわけです。
閃輝暗点を引き起こしうる脳の病気は?
閃輝暗点に似た症状を起こしうる脳の病気には、一過性脳虚血発作(TIA)、脳梗塞、脳腫瘍(後頭葉)、後頭葉てんかん、多発性硬化症、脳動静脈奇形・動脈瘤などがあります。どれも重い病気で、多くの場合は他の症状を伴うため区別が付きやすいですが、まれに初期に閃輝暗点様症状だけでることもあります。また、これらの病気の視覚症状は、厳密には、閃輝暗点とは似て非なる視覚症状も含まれますが、実際に経験したときに、その違いが分かる人はいないでしょう。このため、眼科受診して医師に相談するのが良いでしょう。
どこを受診する?
閃輝暗点のみの場合は、眼科受診して目には異常がないことを確認して、必要性があれば神経内科や脳外科を紹介してもらい受診する流れが一般的です。しかし、しびれや麻痺症状など閃輝暗点以外の症状を伴う時は、急いで神経内科や脳外科を受診すべきです。閃輝暗点が1時間以上続く場合も、脳の疾患が疑われるため、神経内科や脳外科を受診すると良いでしょう。また、頭痛を伴う場合は、片頭痛が考えられ、神経内科や頭痛外来などを受診するのが良いでしょう。
- 眼科受診
- 閃輝暗点のみを経験した時
- 神経内科または脳外科受診
- 閃輝暗点に加えて、頭痛・しびれ・めまい・言語障害など他の神経症状がある場合。
- 閃輝暗点から始まり、頭痛が始まった場合。
- 閃輝暗点が60分以上続く場合
自分をみつめるチャンスかも

私自身、閃輝暗点を2回経験したことがあります。1回目は車を運転しているとき、2回目パソコンで仕事をしているときでした。その頃、かなり強いストレスを感じていたことは間違いありません。私は、患者さんに閃輝暗点を説明してきた立場であるため、きらめき流れていくさざ波のような光の模様を冷静に眺めていました。
けっして、良い気分ではありませんが、その光の模様は見たことがない非現実的なものでした。閃輝暗点は、誰にでも起こりうる現象です。20分程度で元に戻る場合は、多くの場合深刻な病気ではありません。初めて経験すると驚いたり不安になったりするものですが、慌てずに眼科を受診して、検査と診察を受けてください。閃輝暗点は、あなたの身体が送ってくる小さなサインかもしれません。閃輝暗点を誘発しそうな過度なストレスや生活習慣の乱れはないかどうか確認する機会として意味があるのかもしれません。
この記事を執筆した医師

株式会社Personal General Practitioner代表取締役社長/医学博士・眼科専門医
板谷 正紀
京都大学医学部卒業。以後20年間、京都大学および米国ドヘニー眼研究所で網膜と緑内障の基礎研究と臨床、手術に取り組む。 京都大学では眼底の細胞レベルの生体情報を取得する革新的診断機器「光干渉断層計(OCT)」などの開発と普及に貢献する。 複数の産学連携、医工連携プロジェクトを企画推進し、2003年文科省振興調整費「産官学共同研究の効果的推進」に選ばれる。 医師でのキャリア35年。増殖糖尿病網膜症や増殖硝子体網膜症、緑内障などの難症例の手術治療を得意とする。
英語論文148報(査読あり)
著書『OCTアトラス』、『OCT Atlas』、『Everyday OCT』、『Myopia and Glaucoma』、『Spectral Domain Optical Coherence Tomography in Macular Diseases』
株式会社Personal General Practitioner(PGP)https://pgpmedical.com
