眼底検査の謎を解き明かします【2】- 眼底画像検査 –
「医師の目にも見えないものはどうする?」
パート1では、人の目で見ることができない瞳の奥(眼底)から反射して返ってくる光を人の目に見えるようにする技術が、今日の眼底検査の発展の出発点であることをお伝えしました。しかし、眼底検査で眼底が見えるようになっても、人の目には見えないものが眼底にはあります。
まず、驚かれるかもしれませんが網膜は見せません。なぜなら、ものを見るための網膜は光を遮るわけにはいかず透明だからです。網膜が剥がれたり、むくんだり、出血するなど病気になると透明性が失われてはじめて網膜が見えるようになるのです。眼底には、ただ見ただけでは良く見えないものが多いのです。
見えないがゆえに理解できない、治せないが医学の現実です。見えないものを見えるようにして病気を治したいという強い医学的欲求が、眼底画像検査の発展を促し、今日の眼科医療の基礎が築かれました。その結晶とも言える眼底検査機器が、今日の眼科の検査室に見ることができます。それだけではなく、眼底画像検査は、人の目では不可能な多くのメリットを生み出し眼科医療レベルを高度に高めました。いったい、どんなふうに見えるようにしたのでしょうか?眼底検査シリーズ第2回は、目に見えないものを見えるようにする「眼底画像検査」についてお伝えします。
眼科であなたも受けるかもしれない眼底画像検査
0. 眼底を記録する「眼底カメラ」

「0」としましたのは、眼底カメラは人の目に見えるものを映し出す技術で、人の目に見えないものを見えるようにするわけではないからです。しかし、写真に残すことのメリットが大きいため取り上げます。人の記憶はあいまいで、時とともに薄れます。そこで眼科医は、眼底検査で見えたものをスケッチに残しますが、外来では短時間しかスケッチできないため、重要と思うポイントしか残せません。しかし、眼底カメラで眼底の写真を撮っておけば、その瞬間の眼底の状態は、すべてが記録され、後で何度も見返すことができます。他の医師も同じものを見ることができます。別の日に撮影したものを並べて比べれば、病気の変化が分かります。さらには、論文の中には何十年も昔の眼底写真が残っており、時を隔てて見て学ぶことができます。記録するこのと大切さは、スマホで写真を撮って保存する経験からもわかりますね。今は、眼底写真はフィルムからデジタルに移行している最中です。今後、AIが眼科医療に導入されると、ますますデジタル眼底写真の有用性は高まるでしょう。1920年代にドイツ Zeiss社から発売された眼底写真機が世界初の眼底カメラでした。
1. 眼底の血液の流れを追う「蛍光眼底造影」

眼底の血液もしくは血管を目に見えるようにするために、闇夜に飛ぶ蛍のように光る印をつける方法が考えだされました。フルオレセインとインドシアニングリーンという2種類の蛍光色素※が使われています。
フルオレセイン蛍光眼底造影
脳や心臓と同じように、眼底にも血管が詰まる病気が多いことはご存じでしょうか?まず注目すべきは、眼底の網膜には動脈、静脈、毛細血管という3種類の血管系が、それぞれに閉塞を起こす病気が存在するという点です。すべての血管系に閉塞が起こりうる臓器は、眼底くらいではないでしょうか。
網膜の血管が詰まる主な病気

- 糖尿病網膜症:網膜毛細血管が詰まる
- 網膜静脈閉塞症:網膜静脈が詰まる
- 網膜動脈閉塞症:網膜動脈が詰まる

このため、血管や血液の動きを目に見えるようにする必要性が高く、蛍光眼底造影が生み出されたのです。1960年代のことです。
用いられたのは、フルオレセイン色素です。この色素は、波長が490nmの青色光を当てると520nmの黄緑色光を出す性質があります。「眼底検査」の記事でお伝えしたように目の中は暗闇です。
フルオレセイン色素を腕の静脈から注射して眼底に490nmの青色光を入れて眼底から出てくる520nmの黄緑色光を捉えます。
すると、まさに闇夜の蛍、暗闇の中に網膜血管が毛細血管にいたるまで明瞭に浮かび上がります。
それだけではありません。血漿※※の病的な動きが見えるようになりました。当初は、眼底カメラで蛍光を捉えていましたが、現在では動画撮影が可能な走査レーザー検眼鏡(Scanning Laser Ophthalmoscopy;SLO)で血流も見えるようになっています。
※蛍光とは、物質が光(主に紫外光や可視光)を吸収し、吸収した光よりも長い波長(低いエネルギー)の光を放出する現象のこと
※※血漿(けっしょう)とは、血液の血球成分(赤血球、白血球、血小板など)以外の液性成分のことです。
フルオレセイン蛍光眼底造影により、網膜血管の病気の診断と治療が確立されていきました。フルオレセイン蛍光眼底造影で見えることをまとめます。
フルオレセイン蛍光眼底造影で見えること

- 網膜毛細血管が詰まっている範囲が見える
肉眼では見えない網膜の毛細血管が見えるようになりました。糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症が悪化すると、毛細血管が詰まります。その範囲が広くなると硝子体出血や血管新生緑内障など重篤な合併症が起きるリスクが高まるため、毛細血管が詰まっている範囲を知ることは重要です。毛細血管が詰まっている網膜をレーザー光凝固することで病気の進行を食い止めることができるようになりました。
- 血漿の漏れと貯留が見える
糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症で視力低下の原因になるのは、血管の壁が緩くなって血漿が血管の外に漏れ出て、視力に大事な黄斑がむくんでしまうことにあります。この血管から漏れ出す血漿の動きが目に見えるようになりました。
- 網膜新生血管が目に見える
糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症では、広範囲に毛細血管が詰まると、酸素不足を補おうとして網膜に新しい血管が生えてきます。網膜新生血管と言います。この血管は破れやすく硝子体出血など重篤な合併症を引き起こします。
ただし、稀ではありますが蛍光色素によるアナフィラキシーショックが起きるリスクがあるため、ショック対応が可能な大学病院などで主に行われるようになっています。
インドシアニングリーン蛍光眼底造影

2つめに注目すべき眼底の特徴は、2種類の血管系が網膜を養っていることです。網膜の中を走る「網膜血管」と網膜を裏張りしている「脈絡膜血管」の2種類です。ものを見るという活動は、大量の酸素を必要とするためなのですね。ところが、この脈絡膜血管の方は、手前にある網膜色素上皮がメラニンリッチであるために、青い光を吸収してしまい、フルオレセイン蛍光眼底造影では、その奥にある脈絡膜血管がはっきり映らないのです。
脈絡膜血管は、加齢黄斑変性や黄斑部出血(強度近視の目に起きる病気)など重大な黄斑疾患※の舞台ですので、なんとか見えるようにしたいという医学的欲求が日本人を突き動かし、日本で実用化されたのが、インドシアニングリーン蛍光眼底造影です。インドシアニングリーンという蛍光色素は、774nm付近の光を当てると、805nm付近の蛍光を発します。ともに目に見えない近赤外光です。近赤外光は波長約750〜1400nmの波長が長い光で生体透過性が高く、医療や農業、通信分野で広く利用されています。この近赤外光はメラニンリッチな網膜色素上皮をも突き抜けるため、インドシアニングリーン蛍光眼底造影は脈絡膜血管の可視化を実現しました。
インドシアニングリーン蛍光眼底造影により、加齢黄斑変性や黄斑部出血で問題になる脈絡膜新生血管も見えるようになりました。これにより、網膜色素上皮と脈絡膜血管を舞台にする黄斑疾患の理解が進み、治療法の開発に活かされたのです。
※黄斑は網膜の中心にある視力に大事な部位で、ここの起きる病気が黄斑疾患です。見たいところが見えなくなる重篤な視力障害をもたらします。
2. 眼底を輪切りにする「光干渉断層計(OCT)」
網膜は透明で人の目にみえないことをお伝えしました。それだけではなく網膜は、1ミリの5分の1くらいの薄い組織で、その中に10層の層構造が詰まっているのです。そして、眼底の病気によって傷む層が異なっています。眼底の病気を理解したい眼科医たちは、目の中に入って網膜を横から見て観察したくてたまらなかったのです。この眼科医の医学的欲求と光学研究者のアイデアが結びついて生まれたのが、光干渉断層計(OCT; Optical Coherence Tomography)です。光で人の身体を輪切りにする、すなわち断層像をとる技術です。断層撮影と言えば、CT(Computed Tomography)の方が良く知られています。CTは放射線を使いますが、OCTは光を使います。放射線は人体を突き抜ける力が強いため身体の中まで輪切りにできます。一方、光は身体を突き抜けることはできませんが、眼底のように光が届くところでは輪切りにでき、放射線よりはるかに細かいものまで映せる高い分解能があります。
OCTにより、眼底検査では十分に見えない病巣の断面を見たり、病巣を立体的に見たり、網膜の厚みを測定したり、実に様々な方法で病気の姿を捉えることが可能になりました。血漿が網膜に溜まる様子も目に見えるため、部分的には先述した蛍光眼底造影の代わりにも使えます。一般のクリニックは、アナフィラキシーショックのリスクのある蛍光眼底造影は行わずに、このOCTが診断と治療の中心になっています。OCTは非侵襲的だからです。撮影も短時間で患者さんの負担も少なく何度も繰り返して検査ができます。大学病院などでは、OCTと蛍光眼底造影を併用して、より高度な診断と治療を行いますが、蛍光眼底造影は何度も行いづらいため、経過を見るにはやはり非侵襲的なOCTが用いられます。
詳しくは、以下の記事を参考にしてください。
近視も緑内障も黄斑疾患も見える眼底検査OCT、ご存じですか?
3. 蛍光色素を使わなくても眼底の血管を映し出す「OCTアンギオグラフィー」
OCTアンギオグラフィー(OCTA, Optical Coherence Tomography Angiography)は、造影剤(蛍光色素)を使わずに網膜や脈絡膜の血管を可視化できる最新の画像診断技術です。2でお伝えしたOCTは、静的な構造のみを映します。OCTAは、同じOCTを用いますが、「同じ場所を何回もスキャンして、時間的な反射光の変化(=動き)を検出」します。これにより、血流という動きのある場所だけを浮かび上がらせることができるのです。
OCTAで見えるもの、見えないもの

- 網膜毛細血管が詰まっている範囲が見える
- 網膜新生血管と脈絡膜新生血管が見える
蛍光眼底造影で見えるもののなかでOCTAでも見えるもの
- 血流が非常に遅い場合は検出されにくい
- 血漿が漏れている様子(漏出や滲出)は見えない
蛍光眼底造影で見えるもののなかでOCTAでは見えないもの
このように、OCTAは蛍光眼底造影ほどすべてが見えるわけではありませんが、アナフィラキシーショックのリスクがある造影剤(蛍光色素)を用いないため、繰り返し検査が可能で、検査時間も短くて患者さんの負担が少なく、クリニックで日常的に使える検査として優れています。

眼底画像検査のメリット(眼底検査だけではできないこと)
通常の眼底検査などで眼底の病気を疑ったときは、眼底画像検査を行いより詳細に調べて診療を進めます。眼底画像検査でしかできないことがあります。
①診断がより正確になる
- 早期発見:OCTは緑内障や眼底疾患の早期発見に優れています。OCTは視野異常が見つかるよりも早期の緑内障の発見を可能としました。蛍光眼底造影とOCTアンギオグラフィーは、糖尿病網膜症が悪化する際に起きる毛細血管の閉塞を早期に発見することを可能にしています。
- 鑑別診断※:眼底の病気には一見似ているが異なる病気があります。診断を間違うと治療法も間違ってしまいますので区別(鑑別)が重要です。例えば、眼底出血も糖尿病網膜症、加齢黄斑変性、網膜細動脈瘤など原因は複数あり、時に似た像を見せます。毛細血管が詰まっているかどうか?動脈瘤があるかどうか?原因病巣がどの層に存在するか?などを眼底画像検査で見極めて正確に鑑別診断を行うことが可能になります。
※鑑別診断とは、症状や検査所見から複数の病気を比較し、最も可能性の高い疾患を絞り込む医学的手法です。
② 経過を比較できる
眼底画像検査はデジタル画像として保存されますので、時間経過とともにどう変化するか?治療の効果がでているか?治療後の再発は無いか?など経過を比較することに優れています。
③ 画像は測定できる
OCTは、網膜の厚みや網膜の特定の層の厚みを測定することができます。黄斑の病気には、黄斑が厚くなる病気が多く、治療により黄斑の厚みが減少しているかどうかを数字で知ることができます。緑内障は逆に網膜の表面2層が薄くなりますので、その測定値を正常の人と比較するなどして診断に用います。
④ 治療のタイミングを知ることができる
加齢黄斑変性、糖尿病黄斑浮腫、網膜静脈閉塞症による黄斑浮腫、強度近視眼における黄斑部出血では、抗VEGF薬というお薬を目の中に注射する治療が標準治療です。しかし、再発しやすく再治療が行われます。非侵襲的なOCTは毎月行うことができ、再発を捉えて再治療のタイミングを知ることができるのです。
眼底画像検査は高度の診断と治療のいしずえ
1850年代に眼底検査により眼底が見えるようになったことは、多くの眼底疾患の発見をもたらした画期的なできごとでした。敵の正体が見えたのです。しかし、眼底検査だけでは十分に見えない病変が多く、病気の理解は停滞していました。そこにブレイクスルーをもたらしたのが、蛍光眼底造影とOCTに代表される眼底画像検査でした。これにより、病気の理解が深まるとともに、治療法が開発される基盤となりました。敵を分析し勝つための方法を生み出せたのです。
現在の眼科診療における眼底疾患の診断と治療は、眼底画像検査に支えられていると言っても過言ではありません。すべての人が生涯よく見える人生を実現するには、失明リスクのある眼底疾患と緑内障の克服が不可欠です。眼底画像検査は、眼底の病気の早期発見、正しい診断、そして最適な治療を可能として、「生涯良く見える」を守る伝家の宝刀なのです。