近視の進行にブレーキをかける目薬が国内で承認!
簡単で副作用の心配のない目薬の秘密
昨年年末(12月27日)に国内製薬会社(参天製薬)による近視の進行を抑える効果を持つ目薬「リジュセアミニ点眼液0.025%」の製造販売を厚生労働省が正式に承認したといううれしいニュースが飛び込んできました。実は、この目薬の成分は、以前からからシンガポールで研究され「マイオピン」の名称で実用化されていたもので、一部の医療機関の医師が個人輸入する形で使っていました。つまり、既に実績がある薬剤です。その上、リジュセアミニは、マイオピンにはない目に優しいメリットを持っています。
今後は、国内で入手可能になるため、この点眼薬を処方できる身近な眼科が増えていくと期待されます。寝る前に1回点眼するだけで効果がある始めやすい目薬です。近視が急速に進む成長期の子供をお持ちのお母さん、お父さんに、この目薬のことを知っていただきたいと思います。
夢の目薬の正体

寝る前に1回点眼するだけで近視にブレーキをかけるお薬の成分は、「アトロピン※」です。実は、このアトロピンは眼科では新しい成分ではなく、筆者が生まれる前から診療に使われていたなじみの深い薬剤です。目におけるアトロピンの主な作用は、
- 瞳孔を大きくする作用(散瞳)
- ピントを調節する毛様体筋を休ませる作用(調節麻痺)
です。眼科では、目の打撲傷時や網膜剥離、増殖糖尿病網膜症などの手術後に、毛様体筋の緊張を緩和して痛みや不快感を軽減したり、散瞳作用が長期間続くためにいつでも眼底検査ができる利点があり用いられてきました。また、調節麻痺作用を応用して調節麻痺が必要な小児の屈折検査にも用いられてきました。しかし、ここで用いられてきたアトロピンは「1%」と高濃度のアトロピンです。
※アトロピンは、ムスカリン受容体に結合して副交感神経の伝達を遮断し、唾液、気管支粘膜、胃液、膵液などの分泌を抑制、瞳孔散大、消化管平滑筋弛緩、心拍数増大といった作用をもたらします。
鍵はアトロピンの濃度を薄めることだった

眼科では使用されてきた1%アトロピンは、強い近視進行抑制効果があることは以前からよく知られていたことでした。80%を超える効果が報告されています。ほとんど近視が進まなくなると言えるほどの効果です。しかし、同時に1%アトロピンは、健康な目に使うと眩しくなり、調節麻痺により手元が見えにくくなる(老眼と同じこと)副作用が強くでるため日常的に使用することは現実的に困難でした。そこで、濃度を薄くしてみてはどうかと目を付けて実行したのがシンガポール国立アイセンターでした。濃度を薄くすれば、近視の進行を抑える効果はある程度保たれて、副作用が許容範囲になるのではないかと言う目論見です。シンガポールの6歳~12歳の小学生で治験が行われました。濃度を0.5%, 0.1%, and 0.01%と薄くしたものを用意して近視進行抑制効果と副作用を比較しました(ATOM2スタディ)※。目論見は見事に当たり、0.01%という低い濃度でも効果がある程度保たれ、副作用も日常生活に問題ないレベルに落ちたのでした。そこで、0.01%アトロピンがマイオピン(Myopin)としてシンガポールでリリースされました。その後、0.01%では効果が弱いとわかってきたため0.025%も併売になっています。
「リジュセアミニ点眼液」開発の経緯

今回認可された「リジュセアミニ点眼液」は、眼科製薬会社の参天製薬とシンガポール国立眼科・視覚研究所であるシンガポールアイリサーチインスティテュートにより共同開発されました。リジュセアミニ点眼液は効果の高い方の濃度0.025%アトロピンを採用しています。治験では3年間にわたって近視進行抑制効果が持続することが確認されています。
この目薬のマイオピンとの違いは、参天製薬得意の製造技術で1回分ずつ容器にパッケージされ使い捨てになっていることです。すなわち、防腐剤を入れなくても長期保存が可能になりました。近視進行予防は4歳から15歳くらいまで長期の使用が想定されます。点眼薬に入っている防腐剤は短期なら問題になりませんが、何年にもわたる長期使用の場合は、角膜に影響がでる可能性があります。このリスクを考慮して防腐剤フリーになっている点が優れた特徴です。
販売開始は2025年春の予定とのこと。残念ながら、最初は保険適用の対象とはならないですが、1カ月分で4000円程度と比較的手に届きやすい価格設定となりそうだとのことです。
低濃度アトロピンはどれくらい効果があるの?

ATOM2スタディの結果では、0.01%アトロピンは2年間で60%の抑制効果を有したと報告されたため、ネット上では50~60%抑制できるとの記述があふれています。しかし、その後多くの研究で追試が行われ、そこまで高い効果がないことがわかってきました。あるメタアナリシス※の結果では、副作用の少ない0.1%以下の低濃度では、屈折ベースで23.5%、眼軸長ベースで28.6%の抑制効果でした※※。0.01%はそれより効果が弱く、0.025%はそれより効果が高いというイメージです。参天製薬のリジュセアミニ点眼液0.025%は、0.025%アトロピンですので、低濃度の中でも効果の高い濃度を選択しています。治験の結果では2年間で屈折ベースにおいて約38%の抑制効果を認めました。
※メタアナリシス(meta-analysis)とは、複数の研究結果を統計学的に統合して、特定の要因と疾患の関係性を解析する手法です。エビデンスレベルは最も高いレベルに位置づけられます。
副作用は?
問題となる副作用は乏しいことがわかっています。低濃度アトロピンの副作用は、アトロピンの散瞳効果と調節麻痺効果によるしまぶしさ(羞明)と手元のぼやけがあります。しかし、濃度が低いため程度は軽く、長時間続かないため、寝る前に使用すれば日中への影響は少ないことがわかっています。リジュセアミニ点眼液の国内治験の結果では、9.0%(11/122 例)の子が羞明を訴えました。
また、一部の子にアレルギー性結膜炎によるかゆみがでることがわかっています。
デメリットは?
デメリットをまとめます。
- 副作用:上記した副作用が原因で継続できないことが稀にあります。
- 効果の個人差:近視抑制効果は個人差があり、全ての子どもに同じ効果が得られるわけではありません。
- リバウンド現象:点眼を中止すると、近視の進行が再び早まる「リバウンド現象」が報告されています。そのため、長期的な管理が必要になります。
- 自費診療のコスト:自費でスタートするため、保険は使えず、薬剤費や眼科での定期的な受診費用が自費で長期的にかかってきます。
誰が始めるべき?

ご自分の子供が始めるべきかどうか迷われると思います。2017年の都内の調査で小学校に入学した時点で半数以上の子供がすでに近視であることが報告されていますので、適応となる子供は多いと思います(1)。始めるかどうかはご家庭の自由意思ですが、決めるにあたって近視が強くなることで子供が将来負うリスクを十分に知っていただきたいと思います。-6ジオプター(ジオプターは屈折の単位で近視の程度を表す)を超える強度近視は、緑内障や網膜剥離をはじめ、さまざまな目の病気になりやすくなります。なかでも、-10ジオプターを超えると、中高年期に失明するリスクがあります。詳細は、下記記事2~5に説明がありますので参考にしてください。
このため、-6ジオプターを超える近視になりそうなお子様には、リジュセアミニ点眼液を使用いただきたいと願います。ここでは、強度の近視になるリスクがある子供の特徴を挙げておきます。その理由は、下記記事5に記しておりますので参照ください。
- 就学前または小学校1年でメガネが必要なほど近視が強い場合
- 近視の進行が速い場合
- 親が近視の場合、特に両親がともに近視の場合
いつから始めるべき?

両親が近視の場合、その子は5倍近視になりやすいという遺伝性がわかっています。また、今の子供たちは、就学前からYouTubeやゲームに親しむライフスタイルで、近視が進みやすい圧が親よりも強くかかっており、親よりも強い近視になる可能性が高いと考えられます。親が近視かどうかは、生まれた時からわかっている情報ですので、4歳~5歳くらいから始めても良いと思います。4歳というのは、これまでの低濃度アトロピンの臨床研究の最少年齢であり、5歳はリジュセアミニ点眼液の治験対象の最少年齢です。
両親のお一人だけが近視の場合は、その子は2倍近視になりやすいとされています。この場合、判断が難しいですが、就学前検診や就学時検診ですでにメガネが必要なほど近視が進んでいる場合に開始しても遅くはないと思います。
以上は、理想的な開始時期をお示ししましたが、小学生で近視が強くなっていることがわかったら、その時点で医師と相談して開始を決めていただくので良いと思います。
目薬だけに頼らずライフスタイルのアウトドア化も

リジュセアミニ点眼液0.025%の治験の結果では2年間で屈折ベースにおいて約38%の抑制効果でした。つまり、この目薬だけでは、近視はスローダウンは完全とは言えません。予防治療としては、低濃度アトロピン点眼に、オルソケラトロジーと組み合わせると予防効果が格段に高まることが示されています(1)。また、もっとも近視予防効果が高いのは、アウトドアの時間を2時間程度持つことであることがわかっています。デジタルデバイスとの付き合い方にも目を向けるべきです。近視進行を速めないライフスタイルについては、次の2と3を参考にしてください。予防治療とライフスタイルのアウトドア化を実行できたら、近視進行に最大のブレーキがかかることが期待できます。
子供の未来のために保険適用を願う
医療財源の制限を承知の上で述べますが、子供の未来に関わることですので、保険適応の方向へ進むことを強く願います。繰り返しになりますが、近視は強くなるほど失明のリスクが高まります。特に、-10ジオプターを超えると、網膜が萎縮する脈絡網膜萎縮になり失明するリスクが高くなります。実際、失明原因の5位を占める難病です。この病気は、いまだ治療法のめどが立っておらず、子供の時に近視を強めないことが唯一失明から守る方法です。小学校低学年ですでに近視が強い子供は、かなり危険であり、少なくとも、こういうハイリスクの子たちには保険適用になり、経済的格差によらず必要な子が全員がこの点眼薬を使用できることを願います。この国の子供たち、ひいては国民をどうしていくかという国家的視点で考えて欲しいと思います。物価上昇に悲鳴が上がるこの時代、収入の多寡でこの治療を受けられる子と受けられない子が出ることは悲しい医療格差です。