近視治療の未来語ります~進行抑制の未来~
子どもの近視
「発症予防」と「進行抑制」最前線

世界的に子どもの近視が増加し、将来の失明リスクや社会的負担の増大が懸念されています。近視の低年齢化も進んでおり、幼くして近視になるほど強度近視へ進むリスクが高まることが知られています。強度近視になると、眼底にゆがみが生じやすく緑内障や網膜剥離など、失明につながる病気の発症率が上昇します。いまや近視は、重大な公衆衛生上の課題とされています。
こうした「近視のパンデミック」に対処するため、近年は未来志向のテクノロジーが次々と登場し、複数の近視進行抑制治療が実用化されています。いま、近視治療はまさに転換点を迎えています。メガネによる矯正や、強度近視に伴う病気の「後追い治療」から、近視そのものを克服する時代へ──。
本記事では、子どもの近視予防・進行抑制の最新技術を、医療機器・デジタル技術・ライフスタイル介入・AI管理などの観点から紹介します。近視対策の現在地と未来を一緒に見ていきましょう。
この記事でわかること
近視対策の最前線を3ポイントで解説
1. 近視の「発症」を予防する最新アプローチ
近視の発症を防ぐ、あるいは近視になる年齢を遅らせることが、いま最も重要な課題のひとつです。
現在、発症予防にもっとも効果がある方法は、近視になりにくい生活習慣を身に付けることです。
- 日中の屋外活動時間(目安:日に2時間以上)
- 近業作業(デジタルデバイスの使用)を適正にコントロール

近視進行を抑制するための治療法は数多く開発されていますが、「発症前」から始めるべきかどうか?は、まだ明確な結論が出ていません。そのため、現時点では この近視になりにくい生活習慣を身に付けることが、最も現実的で有効な発症予防策といえます
東アジア各国では、教育制度や法的規制によって、日中の屋外活動やスクリーンタイムを管理する取り組みが進んでいます。同時に、子どもの生活習慣をサポートするテクノロジーの活用も始まっています。
*近視対策について詳しく知りたい方はこちら
小学生になる前から近視を予防するライフスタイルを身につけようPart.1
世界の近視対策~こどものスマホ規制を調べてみた
① 子どもの生活習慣形成を支援するテクノロジー
① ー 1. 生活習慣をモニタリングするウェアラブルデバイス

都市化・デジタル化が進む社会では、特に3〜5歳の就学前の時期に、親が常にそばで生活習慣を見守るのは難しくなっています。そこで登場したのが、子どもの屋外活動時間や視距離を自動で測定できるウェアラブルデバイスです。眼鏡型や耳かけ型のものなどがあり、周囲の照度(明るさ)を測定することで屋外時間を推定します。
例えば、読書の距離が近すぎる、周囲が暗すぎる、といった状況になると、デバイスが振動アラートなどで注意を促します。また、保護者や教師には週単位で活動レポートが送られ、努力に応じてご褒美フィードバックを与える仕組みもあります。これにより、1年間で近視の発症を約半分に抑えられたという報告もあります。
今後は、このモニタリング技術をベースに、3〜5歳の子どもに健康的な生活習慣を自然に身につけさせる仕組みが進化していくと期待されています。
① ー 2. ゲーミフィケーションによる子どもの生活習慣支援

デジタルテクノロジーは、子どもの生活習慣を「楽しく」変える方向にも進化しています。たとえば、シンガポール発の「プラノ(Plano)」というスマートフォンアプリ。このアプリは、親子で一緒にスマホ使用を管理できる設計になっています。画面と目の距離や姿勢、照明環境を検知し、近すぎる、暗すぎる、といった場合にはアラームを出して注意を促します。
また、利用時間の集計、強制休憩機能(リモートで端末ロック)、スケジュール管理、といった機能もあり、親が子どもの視環境をコントロールしやすくなっています。さらに、ゲーム感覚の報酬システムが組み込まれており、ルールを守るとポイントやご褒美がもらえる仕組みです。このような「ゲーミフィケーション※」は、子どもが楽しみながら正しい習慣を身につけることを狙った新しいアプローチです。
※ゲーミフィケーション:ゲームの要素を教育や健康など非ゲーム分野に応用し、モチベーションや継続性を高める手法。
② 光治療
近年、光を利用して近視の発症を抑えるという新しいアプローチが注目を集めています。
② ー 1. 反復低照度赤色光療法(RLRL)
波長約650nmの赤色光を、1回3分・1日2回照射するというシンプルな治療法です。
中国で開発され、近視の発症・進行をともに抑える効果が報告されています。重大な副作用は確認されていませんが、わずかな黄斑部の変化例が報告されたことを受け、2023年には中国で医療機器クラス分類が最も厳しいクラスIIIに引き上げられました。今後は、安全性と効果の両立が焦点となります。
② ー 2. スマホを使ったデジタル治療「MyopiaX」

子どものスマホ使用は、近視に悪影響を及ぼすと懸念されています。
しかし、ドイツのDopavision社はその発想を逆転させ、「スマホを使って近視を抑える」という斬新なアプローチを開発中です。それが、「MyopiaX」というスマホ向けデジタル治療。
子どもがゲームや教育アプリを楽しんでいる間に、画面から特殊な光刺激を与え、網膜のドーパミン放出を促すことで、近視の進行を抑えます。明るい光環境が近視抑制に効果的なのは、網膜でドーパミンが分泌されるためと考えられています。
2. 近視の「進行」を抑制する最新テクノロジー
次の課題は、すでに近視が始まった子どもたちの進行をどう抑えるかです。前章で紹介した生活習慣や光治療は、発症予防だけでなく進行抑制にも効果があります。
ここでは、特に研究と臨床応用が進んでいる薬物療法と光学的アプローチを中心に紹介します。日本ではすでに、低濃度アトロピン点眼薬とオルソケラトロジーが一般診療に導入されています。
さらに、2025年7月には近視進行抑制用コンタクトレンズ「マイサイト®ワンデー」が正式に認可されました。今後は、近視進行抑制効果を持つ眼鏡レンズの登場も予定されています。
① 薬物療法:低濃度アトロピン点眼―寝る前一滴

アトロピンは古くから眼科で使用されている薬剤で、従来は1%濃度で使われていました。高濃度では確かに効果が高いものの瞳孔が開いてまぶしい・ピントが合いにくいといった副作用が課題でした。
研究の焦点は、「副作用を抑えながら効果を保つ濃度」の探索にあり、現在では0.025〜0.05%程度の低濃度が世界的に用いられています。日本でも、2024年末に参天製薬の「リジュセア®ミニ点眼液0.025%」が承認され、臨床現場で使えるようになりました。
遺伝的背景や体質によって効果や副作用には個人差があるため、今後はその子どもに最適な濃度を選べる「オーダーメイド点眼」の実現が期待されています。
*詳しく知りたい方はこちら
近視の進行にブレーキをかける目薬が国内で承認!
② 光学デバイスによる近視抑制:「近視進行を抑える」コンタクト・眼鏡
次に注目されているのが、光学設計を工夫して眼の成長そのものに働きかけ近視の進行を抑えるレンズ技術です。これらの光学デバイスは、主に2つの理論に基づいて設計されています。
◆ デフォーカス理論(ぼけ仮説)

網膜の手前にピントがずれる「近視性デフォーカス」が生じると、眼球の伸び(軸長伸長)が抑えられるという理論です。逆に、ピントが網膜の後ろにずれる「遠視性デフォーカス」では眼球成長が促進されるとされています。この原理を応用し、人工的に“よいぼけ”を作り出すレンズが次々と開発されています。
例をあげると、コンタクトレンズでは多焦点型「マイサイト®ワンデー(MiSight® 1 day)」・拡張焦点(EDOF)型レンズ、眼鏡レンズではHoya社の「MiyoSmart®(DIMSレンズ)」、Essilor社の「Stellest®(HALTレンズ)」、オルソケラトロジー※があります。
※オルソケラトロジー:就寝時に専用コンタクトレンズを装着して角膜の形を変えて近視を矯正します。矯正と同時に周辺網膜に近視性ぼけを生じさせ、近視進行を抑える効果があります。
*詳しく知りたい方はこちら
近視の進行にブレーキをかけるコンタクトレンズが国内承認
ピントを防止する3つのレンズ

- コンタクトレンズ
多焦点型「マイサイト®ワンデー(MiSight® 1 day)」、拡張焦点(EDOF)型レンズなど
- 眼鏡レンズ
Hoya社の「MiyoSmart®(DIMSレンズ)」、Essilor社の「Stellest®(HALTレンズ)」
- オルソケラトロジー
就寝時に専用コンタクトレンズを装着して角膜の形を変えて近視を矯正。矯正と同時に周辺網膜に近視性ぼけを生じさせ、近視進行を抑える効果がある
◆ コントラスト理論(Contrast Theory)

もう一つは、「現代の高コントラストな視環境が、眼球成長を刺激している」という理論です。つまり、過剰な視覚刺激(ディスプレイや印刷物など)によって眼が“伸びすぎる”という仮説です。この理論をもとに開発されたのが、SightGlass Vision社の「DOTレンズ」(左図:「https://www.coopervisionsec.eu/sightglass-vision-spectacle-lenses」より転載)
。
レンズ内部に微小な散乱構造を埋め込み、網膜上の像コントラストをわずかに下げることで、眼球の過剰な伸長を防ぎます。
将来的には、個々の視覚データに合わせてコントラスト特性を最適化するオーダーメイドレンズや周囲の環境に応じてコントラストを動的に変化させる「可変レンズ」(液晶膜や電気制御を利用)などの開発が進むと考えられます。
③ 外科的アプローチ ― 未来の選択肢として
現在はまだ研究段階ですが、外科的介入による近視進行抑制も検討されています。
- 後部強膜支持術:伸びた眼球の後ろを補強する手術
- 低強度紫外線クロスリンキング:紫外線照射で強膜を硬くし眼球が伸びを抑制する方法
いずれも安全性と効果の両立が課題であり、健康な眼に外科的介入を行うには慎重な判断が必要です。
しかし、将来的にはどうしても進行が止まらない強度近視や病的近視の予防策として検討される可能性があります。
眼そのものを「強くする」技術として、今後の研究動向に注目が集まっています。
3. AIによる近視管理 ― データが導く“個別化された近視ケア”の時代へ

近視の発症や進行には、遺伝的要因と生活環境の両方が大きく関わります。そのため、「全員に同じ治療を行う」ことには限界があり、過剰治療や放置といった弊害も懸念されます。
こうした課題を解決するために、いま注目されているのがAI(人工知能)による近視リスク予測と個別最適化です。
AIは、画像や生活データ、環境情報などを統合して「誰が・いつ・どのくらいの速さで近視が進むのか」を高精度に予測し、個別化治療方針や介入タイミングの最適化を支援する方向に進化しています。ここでは、AIが活用されている最新の領域を6つのテーマで紹介します。
1) 発症リスクの早期予測(一次予防)
- 眼底画像 × ディープラーニング
子どもの眼底写真から、将来の近視発症や強度近視リスクを数年先まで予測するAIモデルが登場。
- マルチモーダル予測モデル
電子カルテ上の情報(視力・屈折・身長・学年など)と環境要因を機械学習で統合し、ハイリスク児を抽出する研究が進行中。
- AIによる「安全域」提示
スクリーンタイムや屋外時間と近視発症リスクの関係を解析し、AIが個別に「安全な使用時間」や「必要な屋外時間」を提示する方向が議論されています。
2) 進行速度の予測と“個別介入”の最適化(二次予防)
- 時系列学習による進行予測
過去の眼底画像や屈折データを縦断的に解析し、将来の近視進行スピードを年単位で予測。治療開始や介入のタイミングを判断する材料になります。
- 治療反応の個別予測
オルソケラトロジーで「誰にどれくらい効くか」を、角膜形状データからAIが事前に予測。効果の薄い場合には、早期に設計や方針を見直し可能。
3) 行動・環境モニタリングAI(発症予防の実装面)
- 距離×照度×時間のデータ融合
ウェアラブルデバイスのログから、視距離・照度・近業時間をAIで自動解析。危険な連続近業や屋外活動不足を検出し介入タイミングを通知。
- AIによる行動処方
今後は、天候や日内リズムも考慮しながら、「何時に何分屋外に出るべきか」「連続近業は何分までか」など、個別化された生活処方を提示する研究も進んでいます。
4) 光学・薬理“用量”の最適化(新たなフロンティア)
- 低濃度アトロピンの投与最適化
患者ごとの進行曲線を学習し、「0.01%・0.025%・0.05%」の最適濃度をAIが提案する試みも進行中。
- 光治療のパラメータ最適化
波長・照度・照射パターン・頻度を個別の進行速度に合わせてAIが制御。「効率的で安全な光刺激条件」を導き出す研究が始まっています。
5) コントラスト理論 × レンズ設計のAI自動化
- DOTレンズのAI設計支援
レンズ内部のドット密度・配置・散乱強度をAIが最適化し、「最小の視質低下で最大の近視抑制効果」を狙う研究が進んでいます。
おわりに
子どもの近視は、放っておくと将来の失明リスクを高めうる重大な課題です。一方で、発症を遅らせ、進行を緩やかにする手段は着実に増えていきます。選択肢の拡大に加え、AIによるリスク予測が進めば、一人ひとりに最適化された近視ケアがさらに現実的になります。
いま専門家の間では、「近視は眼鏡で矯正して終わりではなく、生涯を通じて管理すべき慢性疾患である」という見方が広がっています。
幼いお子さんの視力に不安をお持ちの保護者の方は、最新の知見に基づく予防・抑制策に注目していただき、眼科医と二人三脚で、お子さんとご家庭に合った方法を選択していきましょう。“未来の視界”は、今日の一歩から守れます。
この記事を執筆した医師

株式会社Personal General Practitioner代表取締役社長/医学博士・眼科専門医
板谷 正紀
京都大学医学部卒業。以後20年間、京都大学および米国ドヘニー眼研究所で網膜と緑内障の基礎研究と臨床、手術に取り組む。 京都大学では眼底の細胞レベルの生体情報を取得する革新的診断機器「光干渉断層計(OCT)」などの開発と普及に貢献する。 複数の産学連携、医工連携プロジェクトを企画推進し、2003年文科省振興調整費「産官学共同研究の効果的推進」に選ばれる。 医師でのキャリア35年。増殖糖尿病網膜症や増殖硝子体網膜症、緑内障などの難症例の手術治療を得意とする。
英語論文148報(査読あり)
著書『OCTアトラス』、『OCT Atlas』、『Everyday OCT』、『Myopia and Glaucoma』、『Spectral Domain Optical Coherence Tomography in Macular Diseases』
株式会社Personal General Practitioner(PGP)https://pgpmedical.com
