眼底検査の謎を解き明かします【1】- 眼底検査 –
「目を見て気持ちは読めても、眼底は見えない。では、どう見る?」

眼科に行くと、眼科医があなたの目の前にレンズをかざして、それはまぶしい光を当てられたご経験はありませんか?「眼底検査」です。時に、「目薬で瞳を開けて眼底検査をしましょう。」と言われて、点眼後少したってから、また、まぶしい光を当てられます。「散瞳(さんどう)眼底検査」です。なんのために眼底検査をするのか疑問に思っている方は少なくないと思います。
人の目を見つめて気持ちはわかることがありますが、その奥にある眼底は見えません。真っ黒な瞳が見えるだけです。まぶしい光を当てても眼底は見えません。時に、オレンジ色に光るだけです。でも、眼科医は、楽々と眼底を自分の目で見て、緑内障を見つけたり、網膜剥離を見つけたりと、多くの怖い病気を縦横無尽に観察して診断しています。なぜ、眼科医は目の奥が見えるのでしょう?
受ける側の患者さんは、「何をしているの?」、「なぜこんなに眩しい目に合うの?」、「なぜ眼底検査を受ける必要があるの?」、「費用は高いの?」、「眼底検査を受けるとどんな病気がわかるの?」など疑問だらけかもしれません。
3回の眼底検査シリーズで、不可思議な眼底検査の謎を解き明かしてみたいと思います。まず、第1回は、受ける側からはわかりにくい眼科医が見ている眼底の世界についてです。
眼底が見えなかった長い暗黒時代

人類は、1851年より前は、目の奥(眼底※)を見ることができませんでした。このため、医師が、眼底の病気(「眼底疾患」と言います)で失明した人の目を診察しても、瞳は黒々として特に異常は認められず原因がわからない暗黒時代が長く続いていました。
※眼底は、眼球内部の奥に位置し、網膜、脈絡膜、視神経乳頭など視機能にとって重要な中枢神経組織があります。
目は暗箱になっています。メラニンに富む虹彩と脈絡膜(合わせて「ぶどう膜」といいます)が目のまわりを覆って光をさえぎっています。映画を鮮明に見るために暗闇にするのと同じです。唯一、瞳孔(ひとみのこと)だけはさえぎるものがなく目の中がのぞき込めるはずです。しかし、目の中は暗箱なので、いくら瞳を凝らしても、ひとみは漆黒なのです。
しかし、写真で瞳がオレンジ色に光っていることがあります。これは、カメラのフラッシュなどの強い光が眼底で反射して返ってくる光です。つまり、暗箱である目も、強い光を当てると眼底からの反射を捉えることができるというわけです。ここに眼底検査器具発明のヒントがあります。
ギリシャの医学の祖と言われるヒポクラテスが、緑内障で失明する人の瞳の色が地中海のように青白いと表現したのが緑内障Glaucoma(語源はギリシャ語のGlaukos、意味は青緑色)の名称の始まりと言われています。目に光を当てたときに、本来は血流豊富な眼底からの反射でオレンジ色に輝く瞳が、視神経が萎縮して血流が減少し青緑に見えたのでしょう。まだ、眼底は見えない時代でしたが、強い光を当てると眼底からの反射光に乗った情報が瞳に映ることには気が付いていたのかもしれません。
眼底を見る道具が発明された
眼底からの反射光は人の目で見ることができない光
映画館のような暗箱である目の中に、目の外から強い光を入れると眼底からの反射が返ってきます。この反射光に眼底が映っているはずですが、この反射光をそのまま肉眼で見ても眼底はよく見えません。なぜでしょうか?確かに、眼底から反射して目の外に出てくる光は、眼底の像情報を持っています。像形成光線といいます。しかし、その光は人の網膜に結像※しないため、人の目で見ることが困難なのです。
図でご説明してみます。眼底に赤い矢印があるとします。矢印の始点の光(青色)や終点の光(オレンジ色)は、広がる散光ですが、水晶体と角膜を合わせた凸レンズで屈折し、それぞれ並行に近い収束光として目の外へ出ていきます。この光は、眼底の像(ここでは赤矢印)の情報を持っていますが、図のように広がっていってしまうため、離れているとうまく目で受け取ることが難しいのです。また、通常わたしたちが見ている光は、ものの点から広がってくる平行に近い散光であるため、収束光である眼底から出てくる反射光はわたしたちの網膜には結像しないのです。この2つの理由から、眼底からの反射光(赤矢印の像)は、人の目に見えない光なのです。
この光を見るためには、何らかの方法で、人の網膜に結像させる必要があります。この課題を解決し人の網膜に結像させる技術こそが、眼底を見る技術である直像鏡と倒像鏡の原理なのです。
※結像(けつぞう)とは、レンズや鏡を使って、光を一か所に集めてピントを合わせ、目に見える「像(かたち)」を作ることです。

2つの眼底観察機器の発明
広がる像形成光線を人の網膜に結像させる方法が生み出されたのは19世紀の半ばでした。直像鏡と倒像鏡という今日でも使われている診察機器が産声を上げたと言えます。ともに次の2つの課題を解決する工夫が行われていました。
- ① 眼底を照らす
- ② 眼底からの反射光を観察者の網膜に結像させる
直像鏡は目に近づくことで②を解決し、倒像鏡は凸レンズで反射光を収束させ倒立像として結像させることで②を解決しました。もう少し詳しく見てみましょう。
- 1. 直像鏡

1851年にドイツの von Helmholtz(ヘルムホルツ)によって発明された方法です。直像鏡は次の4つのソリューションにより、眼底を大きく拡大して観察できる検査機器となりました。
その代わり、観察視野が狭いという欠点があります。
- ① 光を目に入れる
- ② 被検者の目に近づき像形成光を逃さない
- ③ 被検者の水晶体で拡大を得る
- ④ 結像のズレを調整する

ここがポイントです。先にお示しした図を見ると、被験者の目に近づくほど赤い矢印の像を含む反射光が観察者の目に広く入ってくることがわかりますね。そこで、被検者の目に思いっきり近づいて、入ってきた反射光を自分自身(観察者、医師)の角膜と水晶体で自分の網膜に結像させてやれば赤矢印が見えるようになります。実際は、被検者の角膜の1cmまで近づいて観察します。
眼底反射光を見るということは、被験者の角膜と水晶体という凸レンズ(虫眼鏡をイメージください)で眼底を見ているのと同じです。計算では、約15倍の拡大を得ることができることがわかっています。

被検者の目も観察者の目も、ものに反射したわずかに広がる光を自分の網膜に結像させるようにできています。被検者の眼底反射光は、その逆をたどりますから、わずかに狭まる収束光なので、そのままだと観察者の網膜の手前に結像してしまいます。そこで、直像鏡は凹レンズで、反射光を少し広げて観察者の網膜に結像させます。また、検査の時、被検者はメガネを外しますが、近視や遠視の状態であることが多く、この屈折のずれも矯正できるように、度数の違う凹レンズが複数枚仕込まれています。
- 2. 倒像鏡
倒像鏡は、翌年の1852年にRuete(リュート)によって発明された方法です。倒像鏡は次の2つのソリューションにより、被検者の目から離れた位置で、眼底を広く観察できる検査機器となりました。倍率は直像鏡ほど大きくはありませんが、眼底周辺部までくまなく観察できるというメリットがあり、直像鏡よりも頻用される検査となりました。
- ① 光を目に入れる
- ② 凸レンズの倒立像を利用する
眼底から外へ出た広がる反射光を目の近くで凸レンズを用いて集めると、レンズの手前に結像し倒立像が形成されます。むかし虫めがねで遊んだ時、レンズを見たいものから離していくといったんぼやけた後に反転した像(倒立像)がはっきり映ったことを覚えていないでしょうか?倒像鏡は、この原理を利用しています。医師があなたの目の前にかざすレンズは、この凸レンズです。レンズの手前に眼底の倒立像が映し出されますので、それが見える位置から観察しているのです。

眼底疾患発見ゴールドラッシュ
眼底を眼科医が直接目で見ることができるようになった後の10年間で、今日知られている主要な眼底疾患の大部分が見つかっています。原因がわからなかった失明原因が次々と明らかにされました。「眼底疾患発見のゴールドラッシュ」と言われています。緑内障の理解も進みました。眼科の医学が塗り替えられたと言っても良い画期的なできごとだったのです。
眼底検査の発展が今日の眼科学の基礎を築いた
眼底検査は、その後、細隙灯の発明、眼底カメラの発明、蛍光眼底造影の発明、レーザー検眼鏡、そして光干渉断層計(OCT)の発明へと怒涛のような発展をもたらしました。それらについては別の部で触れさせていただく予定ですが、発展の基礎は今回のテーマである、いかに眼底を目に見えるようにするか?にあったのです。眼底検査の発展は、膨大な眼底疾患の発見をもたらし、眼底の病気の詳細な理解を可能にし、今日行われている眼底の手術や薬物治療などの治療法の開発の基盤となりました。それにより、多くの眼底疾患が治療可能となりました。網膜剥離、緑内障、加齢黄斑変性など失明を待つしかなかった難病から多くの人が助かるようになっています。われわれ眼科医は、研修医時代に眼底検査のトレーニングに多くの時間を使います。それは、眼科医の人の失明を防ぐという使命に深く結びついているからです。