高血圧とは全く異なる緑内障の眼圧の考え方
緑内障に打ち勝つために必要な眼圧の考え方
「眼圧」ときくと、「血圧」を想起しませんか?血圧が正常なら安心できるように、正常な眼圧なら安心とお考えではありまませんか?ところが、この考えは正しくはなく、実際の調査によれば、日本人の緑内障の72%は眼圧が正常なのです。このため、眼圧を血圧と同じように考えていると、緑内障の治療は失敗するかもしれないのです。では、眼圧はどう考えればよいのでしょう?それが、この記事でお伝えしたいことです。眼圧は、正常範囲にあることも大事ですが、自分にとって危険な眼圧を知ることも大事なのです。
血圧の正常値と異常値は一律に決められている

血圧が、140(収縮期血圧)/90 mmHg(拡張期血圧)を超えていたら、「高血圧」と診断されます。なぜ、140/90 mmHgかというと、それを超えると脳卒中や心筋梗塞のリスクが約2倍に増加するという疫学調査結果のデータに基づいて決められているのです。脳卒中や心筋梗塞は、高血圧などにより血管に異常が蓄積していき、限界を超えたとき血管が破綻する病気です。しかし、血管に蓄積する異常を精密にモニタリングすることができないので、脳卒中や心筋梗塞の発症リスクで危険な眼圧を定義するしかないとも言えます。このため、すべての人に一律に140/90 mmHgを超えれば高血圧と診断し、食生活や運動の指導や必要時薬物治療が始まるのです。これは、意味のある基準であり、本質は脳卒中や心筋梗塞など重大疾患に対する予防医療なのですね。もし、蓄積する血管の異常を精密にモニタリングできるようになれば、人によって危険な血圧は異なることがわかり、個別化医療が可能になるかもしれません。
緑内障は人により危険な眼圧が異なる

緑内障は脳卒中や心筋梗塞と異なり、進んでいく途中の過程がすべて見える病気です。緑内障とは、視神経を構成する網膜神経線維※が減少して、その結果視野が欠けていく病気です。視野検査により視野障害が進んでいくのが見えますし、OCT検査※※により、網膜神経線維が減少していくのが見えます。このおかげで、一人一人異なる危険な眼圧と安全な眼圧をある程度は把握することができるのです。
※網膜神経線維:網膜の神経節細胞の軸索が視神経を通り目の外へ出て脳とつながっています。これが、網膜神経線維です。網膜神経線維はいわば目と脳をつなぐ光ファイバーです。
※※OCT検査:光で目の奥の網膜の断層像を描出する検査。
危険な眼圧とは?(正常眼圧との違い)
危険な眼圧は正常眼圧を超えることではありません。正常眼圧とは古典的に10 mmHg~21mmHgとされてきましたが、これは多くの人の眼圧を調べて統計的に決められた数値に過ぎません。先ほど、日本人の緑内障は72%が正常眼圧であると述べましたが、14mmHgで緑内障になる人もいれば、23mmHgで緑内障でない人もいます。つまり、正常眼圧≠安全な眼圧なのです。正常眼圧とは、人々の眼圧の主要な分布幅と考えた方が正確です。つまり、「統計的眼圧範囲」と呼んだ方がふさわしいのです。
では、危険な眼圧とは何でしょう?次の、2通りの視点が必要です。
- 誰にとっても危険な眼圧
- 緑内障の人にとって危険な眼圧
1は、高血圧の考え方に通ずるものがありますが、2は高血圧とは考え方が異なり、個別化医療であると言えます。それぞれ見ていきましょう。
1. 誰にとっても危険な眼圧
今までは正常眼圧だった人が急に眼圧が高くなって緑内障になる眼病がいくつも存在します。原発閉塞隅角緑内障や続発緑内障がこれに当たります。
- 原発閉塞隅角緑内障:近視ではない人、特に女性に多い病気です。年齢とともに水晶体が厚くなり虹彩が前方に押されて、目の中の水分(房水)の出口である隅角が狭くなり眼圧が上がります。日本人の緑内障の12%を占めます。突然、房水の流れが遮断され50mmHgを超える高い眼圧になり激烈な目と頭の痛みが出る急性の場合を「急性緑内障発作」といいます。
詳しくは➡目の良い女性は気を付けて!
- 続発緑内障:以下の例にあるようなさまざまな目の病気や薬の副作用で眼圧が上昇して起きる緑内障の総称です。日本人の緑内障の10%を占めます。
- 血管新生緑内障:糖尿病網膜症などが重症になると、房水の出口が新生血管により破壊され機能を失い眼圧が上がります。
- 落屑緑内障:落屑物質と呼ばれる白い粉のようなものが房水の出口に付着して眼圧が上昇する病気。高齢者に多いことで知られています。
- ステロイド緑内障:一部の人はステロイドの点眼、軟膏、内服で眼圧が上昇します。
こうした病気では、30 mmHg以上に上がることが多く、さらに上がって50mmHg以上になることも。これは、早期に視機能を失いかねないたいへん危険な眼圧です。こうした、非生理的な高い眼圧は、すべての人にとって危険と言えます。
このため、原発閉塞隅角緑内障と続発緑内障は、見つけたら即眼圧を上げている原因を取り除く治療を開始して、眼圧を正常に下げます。それだけで眼圧が下がらない場合は点眼治療や手術を行います。つまり、こうした眼圧を上げる原因がはっきりしている緑内障の治療では、まずは、眼圧を正常範囲に下げることを目標とする点では高血圧管理の考え方に通ずる治療と言えます。
2. 緑内障の人にとって危険な眼圧
実は、1で見たような眼圧を上げる原因がはっきりしている緑内障は緑内障全体の22%と少数派で、それ以外の緑内障の方が78%と圧倒的に多いのです(多治見スタディー)。しかも、その中でも圧倒的に多いのが、眼圧が正常範囲内にある「正常眼圧緑内障」で緑内障全体の72%をも占めることがわかりました。もはや、「眼圧が高いから緑内障」とか「眼圧を正常範囲に下げればよい」というような古い考え方、あるいは高血圧管理に用いられている考え方が通用しないことが分かったのです。人により安全な眼圧、あるいは危険な眼圧は異なるのです。普段の正常域の眼圧がその人の安全域を上回っていると緑内障になっていくのです。このため、一人一人の治療を行う前の普段の眼圧を把握して、個別化医療を行うのが正常眼圧緑内障の治療戦略になります。
正常範囲の眼圧でも緑内障になるのはなぜか?

眼圧の正常域は、10~21mmHgとお伝えしましたが、14mmHg前後で緑内障になる人もいれば、23mmHg前後で緑内障でない人もいます。眼圧に対する視神経の耐性は、血圧に対する血管の耐性よりも大きな個人差がありそうです。
緑内障は目と脳を結ぶ網膜神経線維(いわば光ファイバー)が減少して視野が欠ける病気と説明しました。網膜神経線維は、図のように目に一か所だけある孔に集まり、その孔から目の外へ出て脳へ到達しています。そして、その孔は「篩状板」と呼ばれている網目構造の丸い板状構造に塞がれており、視神経の脳脊髄液と目の硝子体液を遮ってもいます。少し専門的な説明になりましたが、眼圧に対する耐性という観点で見てみると、眼球自体は厚みのある角膜や強膜という壁でできており眼圧にとても強いのですが、デリケートな網膜神経線維を脳へ送り込むために孔を一か所創らざるを得なかったため、眼圧に対して弱い部分ができてしまったわけです。このため、30mmHgを超えるような誰にとっても危険な高い眼圧では、この弱い網膜神経線維の出口部分の篩状板を障害してしまうのです。しかし、この篩状板の眼圧に対する耐性に個人差が大きく、正常眼圧であっても何十年と圧がかかり続けると耐えきれなくなり緑内障になってしまう人がいると考えられます。
この篩状板の眼圧に対する耐性が低い原因は判明していませんが、危険因子は指摘されています。そのいずれかに心当たりのある方は眼科受診して緑内障の早期発見に努めましょう。
正常眼圧緑内障(NTG)の危険因子
- 遺伝的要因: 家族に緑内障の患者がいる場合、NTGのリスクが高まります。 心当たりがある方は、眼科受診をお勧めします。
- 年齢: 加齢に伴い、NTGの発症リスクが増加します。40歳が眼科健診を受ける良いタイミングと思います。
- 強度近視: 強い近視の方は、NTGのリスクが高いとされています。 子供の時に近視を強めないことが重要です。
- 低血圧: 特に夜間の血圧低下が、視神経への血流を減少させ、NTGのリスクを高める可能性があります。 低血圧の症状のある方は内科で治療を受けることができます。
- 角膜の薄さ: 角膜が薄いと、NTGのリスクが上昇することが報告されています。 自分ではわからないので、眼科検査が必要です。
- 血流障害: 視神経への血流が不十分な場合、NTGの発症リスクが高まると考えられています。 これは研究レベルでしか測定できません。
正常眼圧緑内障の治療における眼圧の考え方

では、高血圧の治療とは根本的に異なる正常眼圧緑内障の個別化医療について概略をお伝えします。正常眼圧緑内障の方はどう治療に取り組んでいくかを知って点眼と定期受診と視野検査に取り組んでいただきたいと願います。
1. 人によって異なる危険な眼圧域を把握する
緑内障が見つかり、正常眼圧緑内障と診断されたら、すぐ眼圧を下げる点眼治療を始めてはいけません。なぜなら、治療を開始する前の眼圧こそ、危険な眼圧であるからであり、それを十分に把握することが、次の目標眼圧域(治療により達成したい安全な眼圧域)設定に必要だからです。眼圧は生き物です。一日の間でも変化しますし(日内変動といいます)、季節によっても変動します(季節変動)。できれば午前午後を含む受診3回分の眼圧で、その人の危険な眼圧域を把握したいところです。
2. アメリカの黄金データ20%~30%下降が眼圧を安全化する
米国の有名な多施設研究成果があり、危険な眼圧(無治療時の眼圧)から20%~30%下降させれば視野進行がかなり防げると考えられるようになりました。この数値が、すべての患者さんに当てはまるわけではありませんが、次の2つの意義が生まれました。
- 眼圧が正常範囲であっても十分に下げれば視野進行をスローダウンできること
- 正常眼圧緑内障の治療における目標眼圧域が設定しやすくなったこと
臨床現場では、患者さんのリスクに応じて、20%ダウン、または30%ダウンを目標にして、緑内障点眼を開始します。1剤で目標が達成できない場合は、達成できるまで、点眼の種類を増やします。
3. 視野検査で治療の強さが適切かどうかフィードバックする
目標眼圧域がおおよそ達成出来たら、それが維持できているか?視野障害の進行は抑えられているか?という視点で何年も経過をみていきます。目標眼圧域が達成できているからといって全員が視野障害の進行を十分に抑えられているかは不明のままです。これを何年もかけて視野検査を繰り返し行い、確認するのです。そして、その人の平均余命に達した時点でも生活に不自由しない視機能が残っているくらいスローな進行であれば、そのままの点眼治療を続けます。しかし、そうでない場合、治療強度を高めます。方法は、①点眼薬を増やす、②点眼薬がこれ以上増やせない場合は緑内障手術を行って管理する、を駆使します。
正常眼圧緑内障治療に残る課題と視野検査の重要性

日本人の緑内障の72%を占める正常眼圧緑内障における眼圧の考え方が、高血圧における血圧の考え方とは異なることをお伝えしました。ここでもっとも重要なのは、「安全な眼圧範囲」あるいは「危険な眼圧の下限閾値」が、人により異なるということです。すなわち、現在の視野障害をもたらした無治療時の眼圧を知ることが極めて重要です。ところが、移転を含むさまざまな理由で、眼科クリニックを複数受診してきた患者さんが少なくありません。つまり、すでに緑内障点眼薬による治療が行われているが、治療前の眼圧に関する情報が無いことが多いのです。紹介状がなかったり、あっても無治療時の眼圧が記載されていなかったりします。その場合、無治療時の眼圧を知るために緑内障点眼薬をすべて止めるしかないのですが、視野障害がかなり強いケースでは障害が進むことを恐れて点眼を止めにくい面があります。また、第1選択薬で使われることが多いプロスタグランジン製剤点眼薬は、房水の出口に組織的変化をもたらすため、止めても本当の無治療時眼圧にもどるのかはっきりしていないのです。緑内障は、治療スタート時の情報、そしてその情報を転院先の眼科医に伝えること、がすごく大事であることが分かります。他にも、季節変動の問題、加齢に伴う眼圧変化の問題、夜間の眼圧把握ができない問題など、まだまだ問題は満載です。そこで、最後にお伝えしたいことは、視野検査が極めて重要であることです。視野検査は集中力が必要で、好きな人はあまりいないと思います。しかし、その視野検査をいつも前日にちゃんと睡眠をとり、体調を整えて受け続けていただくと、無治療時眼圧が不明であるというビハインドを帳消しにできるといっても過言でない貴重な情報が得られます。緑内障は、進んでいく途中の過程がすべて見える病気です。見えるから状況に応じて個別的に治療を変えることができるのです。その見える化の最高の手段が視野検査なのです。