時代を映し出すコンタクトレンズ診療パート1
コンタクトレンズと目の健康
コンタクトレンズ処方を希望して来院される方を診察すると時代の変貌が垣間見えることがあります。デジタル社会では、おおげさかもしれませんが人類史上かつてなかった高い負荷が人々の目にかかっているように感じます。しかし、それに気が付かず悩んでいる方が多いようです。この時代の特殊性に鑑みて目の健康や眼科の診療を再考する必要性を常々感じています。
今回は、2回に分けて、コンタクトレンズを健康に使用していただくために2024年の人々の目にかかっている目に見えない危機とその対処法についてお伝えしたいと思います。パート1はコンタクトレンズと目の健康の関係について知っていただきたいエッセンスをお伝えします。パート2では、デジタル社会の特殊性からコンタクトレンズの付き合い方を再考します。
時代の変貌を感じる症例とは?
まず、コンタクトレンズ診療で、最近特に気になっている謎のケースを3つ挙げてみます。そして、パート2で、3つのケースの背景にある今の時代特有の事情を明らかにして、ケース1~3の原因を解き明かしてみたいと思います。パート1でお伝えする目の健康とコンタクトレンズの関係を読んでから、パート2の謎解きを読んでいただくと、より合点がいくかと思います。
ケース1コンタクト歴のない学生の目がドライアイ?
中学生や高校生がコンタクトレンズを初めて作成しに受診することがありますが、最近ドライアイが原因と考えられる「点状表層角膜炎」認めることが増えています。コンタクト使用歴はありません。うるおいがある若い目のはずが、なぜ本格的なドライアイなのでしょうか?謎解きに挑みます。
ケース2ひどいドライアイがなかなか治らないビジネスパーソン
20代~40代でコンタクトを作りに来られる方に、ドライアイによる「点状表層角膜炎」を認める頻度が増えています。重症な場合は、コンタクトレンズを休んでもらい点眼で治療を行いますが、それでもなかなか治らない人が増えています。なぜでしょうか?
ケース3見たこともない目の炎症で眼科に駆け込む女子中高生
痛みで目が開けられずボロボロ涙を流して受診する女子中高生がいます。点眼麻酔で痛みを取り、目が開くようになって診察すると、見たこともないような角膜と結膜の重い炎症が目に入ってきます。なかには、目の中の炎症、すなわち虹彩炎を引き起こしている子も。なんで、こんなことになるのでしょう?ヒントは、男子中高生で同じような病気を引き起こす子は見たことがないことです。
コンタクトレンズは高度管理医療機器
コンタクトレンズは、ファッションモールなどで販売されることが多くファッション的にとらえられやすいかもしれませんが、高度医療機器です。2005年4月の薬事法の改正によりコンタクトレンズは透析器、人工骨、人工呼吸器などと同様のクラスⅢの高度管理医療機器として位置づけられました。すなわち、副作用・機能障害を生じた場合の人体へのリスクが高い医療機器と認定されたわけです。コンタクトレンズの間違った選択や使用は、眼の疾病を招く危険があります。
しかし、コンタクトレンズを作りにくる方は、極端に言えば、服や化粧品の買い物感覚の方が少なくないと感じます。特に、ショッピングモールのコンタクトレンズ店に併設している眼科では、実際、処方箋だけ眼科で作成し、ネットで購入する人もかなりいます。
酸素不足と汚れの蓄積が病気を生む
「クラスⅢの高度管理医療機器」と言われてもピンとこないと思います。コンタクトレンズが目の健康を脅かす2大因子を挙げ、それぞれわかりやすく説明します。
コンタクトレンズが目の健康を脅かす2大因子
- 角膜の酸素不足
- 汚れ(細菌やアレルゲン)の蓄積
CLで角膜は酸素不足になる
角膜が酸素不足になるわけ
コンタクトレンズを付けると角膜が酸素不足になることはご存じの方も多いと思います。角膜は涙液に溶け込んだ空気中の酸素(濃度21%)を取り入れています。このため、眼を閉じているだけでも、眼を開いているときに比べ角膜の酸素供給は3分の1に減ってしまいます。
コンタクトレンズにより角膜の表面が覆われると涙液中の酸素は低下して、角膜は酸素不足に陥ります。富士山の頂の酸素濃度と同じ酸素濃度(15%)に低下すると例えられることもあります。レンズ面積の大きいソフトレンズの方が、面積の小さいハードレンズよりも、角膜はより酸素不足のであることがわかりますね。
角膜が酸素不足になるとどうなる?
コンタクトレンズを長時間装用すると、角膜の酸素不足の影響が強まり「点状表層角膜炎(SPK)」を引き起こすことが知られています。「点状表層角膜炎」は、角膜の酸素不足などが原因で角膜の表面の上皮細胞が抜け落ちて起きる小さな点状の傷のことです。
点状表層角膜炎が増えると痛みや不快感の原因になります。また、角膜表面のバリア機能が低下して、細菌などの感染に弱くなるという問題があります。
コンタクトレンズの汚れとは?
コンタクトレンズの汚れとは何でしょう?汚れのソースは2つあります。ひとつには人の目にもともとあるたんぱく質、脂質、カルシウム、そして細菌が付着し蓄積していきます。もう一つは、外部から目に入るお化粧品、粉塵、アカントアメーバが付着し蓄積します。
コンタクトレンズは、目の汚れを集めて蓄える集積機であるとともに、細菌やアカントアメーバを集めて増やしてしまう増幅器ともいえます。そして、細菌やアカントアメーバが増えすぎると角膜感染症が起きてしまい、汚れの中のアレルゲン(アレルギーを引き起こす原因物質)が増えすぎると結膜炎を引き起こします。
コンタクトの種類によっても汚れの付き方は異なります。ソフトコンタクトレンズは、ハードコンタクトレンズと比べて水分が多く含まれているため、汚れも付きやすいのです。
酸素不足とCLの汚れが重なると角膜感染症の危険が高まる!
目の健康を脅かす2大因子が重なると角膜感染症の可能性が高まります。まず、角膜の酸素不足が続くと「点状表層角膜炎」という角膜表面の点状の傷が生じて、角膜表面の感染に対するバリア機能が弱まることをご説明しました。しかし、これだけでは感染は起きません。目の表面には、普段から黄色ブドウ球菌や表皮ブドウ球菌などの細菌が村社会を作っています。細菌叢(さいきんそう)といいます。細菌叢は、お互いにけん制し合い、ある細胞だけが極端に増えることを防いでいます。ところが、コンタクトレンズは、先ほど述べたように「細菌やアカントアメーバを集めて増やしてしまう増幅器」なのです。本来は涙で洗い流される細菌がコンタクトレズに付着して人の体温で培養されて分裂増殖を行いどんどん増えていきます。細菌叢は破壊され、ある細菌が極端に増えて角膜感染症が起きます。
こわい角膜感染症
コンタクトレンズが引き起こすもっともこわい目の病気は角膜感染症です。細菌の種類により程度は異なりますが、重症例では、角膜が薄くなり孔が開いたり、目の中にまで感染が広がり、危険な状態になります。多くの場合は、抗生物質を用いることで治りますが、程度によっては視力障害という後遺症が残ることがあります。
ものがはっきり見えるためには角膜は透明であることが必要です。ところが、感染した部位は、治療して治っても白っぽい濁りが残ることが多く、それが角膜の中心、つまり瞳の部分に残るとまぶしくなったり、重い場合は視力が低下します。コンタクトレンズを使えない目になってしまうこともあります。
治療困難なアカントアメーバ角膜炎
アカントアメーバ角膜炎は最恐の角膜感染症です。なぜなら特効薬が無く、治療開始が遅れると視力が戻らず角膜移植が必要になる可能性が高いからです。アカントアメーバは、土壌や水中に存在する原虫です。水道水やプールにも存在します。普通に水道水を使い、普通に泳いでもアカントアメーバ角膜炎にはなりません。ところが、先に説明したようにコンタクトレズは、「細菌やアカントアメーバを集めて増やしてしまう増幅器」であるため、コンタクトレズを付けて泳いだり、水道水が付いたコンタクトレズケースにコンタクトレズを保管すると、コンタクトレンズにアカントアメーバが付着ます。アカントアメーバは細菌を食べて繁殖するため、細菌が増えるとアカントアメーバが増殖してしまうのです。特に、2週間使い捨てレンズのケアが不適切であると、細菌蓄積が起きるため、危険になります。
不快な結膜炎
目に飛来するアレルゲンによるアレルギー性結膜炎が良く知られています。植物の花粉による花粉症や、ハウスダストによるアレルギー性結膜炎が有名です。「点状表層角膜炎」が無症状のことが多いのに比べ、アレルギー性結膜炎は、かゆみなど不快な症状が出やすく辛いですね。コンタクトレンズ、特にソフトコンタクトレンズは、本来は涙で流されてしまう外来性アレルゲンが付着して目にとどまってしまいがちです。また、目やまぶたが分泌するたんぱく質や脂質もアレルゲンになります。この内在性アレルゲンもソフトコンタクトレンズに付着します。このように、ソフトコンタクトレンズはアレルゲンを増やして、アレルギー性結膜炎を悪化させることがあります。
また、コンタクトレンズの結膜への機械的刺激もアレルギー性結膜炎を悪化させます。
体質の影響が大きいのですが、ソフトコンタクトレンズにより巨大乳頭結膜炎(GPC)を起こす人がいます。「春季カタル」ともいいます。症状は、かゆみや目やにだけではなく、コンタクトレンズが上にズレやすくなるのが特徴です。その理由は、上まぶたの裏側に石垣のように大きくでこぼこした「巨大乳頭」が形成され、これがコンタクトレンズを吸盤のようにくっつけてしまうために起きます。巨大乳頭結膜炎はなかなか治りにくく、点眼治療とともにコンタクトレンズを休む必要があります。
角膜感染症や結膜炎を防ぐにはCLケアに尽きる(特に2-week、1month)
コンタクトレンズが目の健康を脅かす2大因子を再掲します。
コンタクトレンズが目の健康を脅かす2大因子
- 角膜の酸素不足
- 汚れ(細菌やアレルゲン)の蓄積
コンタクトレンズ装用による角膜の酸素不足は、コンタクトレンズを付ける限りは完全には防ぎようはありません。また、コンタクトレンズを付ける時間が長いほど、酸素不足の角膜への影響が強まり角膜感染症になるリスクが高まることはご理解いただけたと思います。しかし、角膜が酸素不足になるのは、コンタクトレンズ装用だけが原因ではありません。最近のデジタル社会では、長時間パソコンやスマホを見るというライフルタイルによる角膜の酸素不足の方が深刻かもしれません。これに関しては、パート2で詳しく触れたいと思います。
酸素不足が解消できないのであれば、コンタクトレンズの汚れの蓄積を防げばよいのです。これが、コンタクトレンズのケアが重要とされる理由です。ケアの詳細についてはパート2でまとめます。
パート1まとめ
パート1では、コンタクトレンズが目の健康に及ぼす影響を、①角膜の酸素不足、②コンタクトレンズの汚れの2大因子にフォーカスして、お伝えしました。この影響は、レンズの性能が良くなかった初期のころは極めて大きかったわけですが、酸素透過性などのレンズ性能が向上している現在では、影響は小さくなっています。それにもかかわらず、コンタクトレンズの目のトラブルが増加傾向にあるのはなぜでしょうか?その疑問を解き明かすために、パート1の冒頭で紹介した3つの症例がヒントになります。レンズを付ける人々の目に強い負荷がかかるデジタル社会のライフスタイルにメスを入れ、コンタクトレンズとの付き合い方をどう変えていくべきかを、パート2で考えてみたいと思います。