強い近視の人生行路【1】学齢期のできごと
18歳までの学齢期の子供たち
―登場人物―
- 小学校に入学したMちゃん:「小学1年からランドセルが重いしメガネも重い」
- おしゃれに気を遣う高校1年生CUさん:「痛くて涙ボロボロ目が開けられない」
- 受験勉強を頑張る高校生3年生H君:「受験なのに網膜剥離」
近視の方が遭遇する人生のリスクをシミュレート
近視が強い子供が人生で遭遇する恐れのあるできごとを3部に分けてシミュレートしてみたいと思います。近視が強いすべての方がこうなるという意味ではありません。一人の強度近視の方がここに掲載されるすべてのできごとを経験するわけでもありません。近視の強い方が人生のどこかで出会う可能性のある苦労話を描きます。眼科医としてこの目で見てきた患者さんの現実と世界の近視研究のエビデンスに基づいて描きます。近視が強いだけで、人生にさまざまな重荷を背負う可能性を知っていただき、子供の時に近視を強めないことの大切さを実感していただきたいというのがこのシリーズ記事の願いです。
読んでいただく前に知っておきたい近視の正体
子供の時に近視が進むということは、眼球が前後に伸びていき、目の奥の網膜が焦点(ピント)を追い越し、さらに伸びていくことだとイメージしてください。つまり、近視が強まるということは、眼球が異常に伸びることなのです。この眼球が伸びすぎたことが原因で、さまざまな目の病気が引き起こされ、人生の随所で悩ましいできごとに出会うのです。
✓近視についてもっと詳しく➡ 近視ってなに?
第1話「小学1年からランドセルが重いし、メガネも重い」
ある日の場面
小学校に入学したMちゃん。趣味はYouTube。重いランドセルにも慣れてきた1年生の6月に学校検診で視力低下を指摘され眼科受診を促す用紙をもらいました。その用紙を見たお母さんは、「去年メガネを新しく作ったばかりなのに」と思いながら、眼科受診して視力検査とメガネチェックを受けました。すると、やはりメガネをかけた視力は、右0.6;左0.4に下がっていました。矯正視力はどちらも1.2あり、目に病気はありません。近視の程度は、右-3.5ジオプター;左-3.0ジオプターでした。
お母さん
「メガネが合ってなかったのでしょうか?」
先生
「合っていたのですが、近視が進んでメガネの度数が足りなくなったようです。」
お母さん
「近視って、こんなに早く進むのですか?」
先生
「はい。近視は、6,7歳から急速に進み始め、8歳ごろに進む速さのピークを迎え、15歳くらいまでかなりの速さで進むと言われています。」
お母さん
「(まだ納得していない様子で)では、毎年メガネを新しくしないといけないんですか?」
先生
「はい、その通りです。近視とはどういうことかご説明します。これからMちゃんは背がどんどん伸びていきますね。その時期に、眼球も前後に伸びていき目の後ろの網膜がピントを追い越してしまうのが近視です。背が伸びたら服を替えるように、目が伸びて近視が進んだらレンズを替える必要があります。」
お母さん
「そうなのですね。知らなかったです。どんどんメガネが重くなって可哀そう。」
先生
「ところで、お母さんは近視ですか?」
お母さん
「はい、近視でコンタクトレンズをしています。」
先生
「ご主人は?」
お母さん
「主人も近視です。」
先生
「ご両親ともに近視の場合は、その子供は5倍近視になりやすい体質と言われています。」
お母さん
「えっ、じゃあ、どうしようもないですね。」
先生
「いえ、そうではありません。遺伝以上に近視に影響があるのはライフスタイルなのです。」
先生
「(Mちゃんに向かって)MちゃんはYouTube好き?」
Mちゃん
「(にこっと歯を見せて)好き」
先生
「何で見ているの?」
Mちゃん
「スマホ」
先生
「(母親に向かって)スマホは画面が小さいので、つい顔を近づけて見てしまいます。20cmで見ると30cmで見るより1.5倍近視が速く進むと言われています。YouTubeを見るなら、テレビやタブレットなど大きめの画面で見るようにした方が良いと思います。」
先生
「近視の進行をスローダウンさせるもっとも効果が高い方法は、屋外で過ごすことであることをご存じですか?」
お母さん
「いえ、知りません。」
先生
「週14時間、日で言うと2時間くらい屋外で過ごすと、両親が近視でも近視が進みにくくなることがわかっています。最近は、YouTubeが好きな子が多く、その分、屋外で過ごす時間が少なくなっている子が多いようです。」
先生
「この部屋を明るいと思いますか?実は、部屋の中は、屋外の日陰の何十分の一の明るさしかないんです。部屋でばかり過ごすのは、モグラ生活なんですよ。—」
近視進行を予防する方法についての先生の話が滔々と続きました。
先生
「近視が強くなりすぎると、大人になっていろいろな目の病気になりやすくなり、なかには失明してしまう人もいます。人生に大きな影響を与えてしまいかねません。ですから、子供の時に近視が進むスピードを少しでもスローダウンさせることが大切です。近視の入り口にいる今がチャンスです。
お母さん
「今日ははじめて知ったことが多かったです。このままだと、今よりもっと近視が強くなり、メガネも重くなっていくということですね。」
先生
「その通りです。お母さん、今、携帯に『近視 予防』で検索していただけますか?出てきた学会や眼科医の記事を2,3あとでお読みいただき参考にしてください。」
お母さん
「主人と少し勉強してみます。」
解説
最近、就学前検診で視力低下を指摘され眼科を受診する5歳児のなかに、すでに-2.0~--3.0 ジオプター程度の中等度に近い近視になっている子と出会います。この子たちは、小学生1年からメガネをかける必要があります。一般的に、近視は小学校低学年の6,7歳で始まり8歳前後で進むスピードがピークになり15歳くらいまで速く進むと考えられてきました。ところが、就学前からかなりの近視になっている子がいることに驚きます。原因のひとつに親のスマホでのYouTube鑑賞を疑っています。
今の小学生たちは、生まれた時からスマホやタブレットが自宅にあり、幼児からYouTubeを楽しんでいる子が少なくありません。モールなどでは、スマホを顔に近づけて見ている幼児をみかけます。スマホは画面が小さいため、顔に近づけてしまいます。これが近視の進行を加速します。さらに、YouTubeを見る時間が長くなるほど、室内にいる時間が増え、その分屋外で過ごす時間が減ります。これがいちばん近視進行を加速すると言っても間違いありません。近視の強さを決定するのは、6,7歳~15歳、主に学童期と言えます。この時期に日本人の子供の近視進行を加速させないために、われわれ大人、すなわち、医師、教師、官僚、政治家、そして何より親、は何ができるかを学び、理解し、アイデアを練り、実行していく必要がありそうです。
✓関連記事 ➡ 「YouTubeが好きな小学生の親御さんへ」~人生を変えてしまう強度近視を防ぐために
✓近視の程度についてもっと詳しく ➡ 近視の症状の程度を知る
✓メガネについてもっと詳しく ➡ 近視の一般的な矯正法となる「メガネ」
第2話「痛くて涙ボロボロ目が開けられない」
ある日の場面
右目を腫らして涙をボロボロ流しながら診察室に入ってきたCUさん。「痛い、痛い」と訴えて目を開けることもできません。このままでは目を診察することもできないため、「これは魔法の薬です」と言いながら、処置用の麻酔点眼薬をまぶたのすき間から点眼しました。「心の中で20数えて下さい」と言って待つと、少し落ち着いてきたCUさん。やっと診察できる状態になり、目を見てみると、角膜に直径3mmくらいの白くて丸い斑点ができていました。
先生
「普段はコンタクトレズですか?」
CUさん
「(ようやく話せるようになり—)はい。」
先生
「1dayと2week」のどちらですか?」
CUさん
「2weekです。」
先生
「コンタクトレズを長く付けました?」
CUさん
「昨晩、付けたまま寝てしまいました。」
話しを聞くと、メガネは似合わないし、近視が強くてメガネも見えにくいのでコンタクトレズを朝起きたときから寝るまで付けてしまうそうです。
先生
「角膜の奥にばい菌(細菌)が入って『角膜潰瘍』になっています。コンタクトレンズが原因で起きる病気の中でもっとも重い病気です。細菌培養検査で細菌の正体を調べますが、結果がすぐ出ないので、まず2種類の抗生物質の目薬を使います。1時間ごとに点眼してください。2つの目薬は5分間以上時間を開けてください。」
CUさん
「はい。治りますか?」
先生
「細菌の正体を突き止めるまで待てないので、2種類の抗生物質で広くカバーします。ほとんどの場合は、これで治りますが、菌によっては稀に治りにくい場合もありますので、経過を見て治療薬を替える場合もあります。治療の反応を見たいので、必ず明日受診してください。」
CUさん
「痛みはどうなりますか?」
先生
「今、麻酔をしたので痛みが軽くなっていますが麻酔の効果が切れると痛みが出ます。この麻酔薬は処方できないため、代わりに抗生物質の眼軟膏も出しておきます。これを目に入れて目を閉じていると痛みはましになります。薬が効けば徐々に痛みは軽くなりますよ。」
CUさんは、たいへんなことが起こったと理解された様子。
先生
「ところで、今のコンタクトレンズの使い方だと、また同じことが起きる可能性があります。それを防ぐために質問をさせていただきます。」
先生
「コンタクトレンズの洗浄液はこすり洗いが必要なタイプですか?」
CUさん
「はい。」
先生
「こすり洗いは、何回していますか?」
CUさん
「3回くらいです。」
先生
「3回だと、かなりのばい菌がコンタクトレンズに残り、あなたの体温で分裂増殖を起こしてばい菌がどんどん増えてしまいます。これを2週間続けると、コンタクトレンズはばい菌だらけになり、角膜感染症の原因になります。さらには、寝ているときは涙が出ないため、ばい菌が繁殖しやすいのです。こすり洗いが不十分で、付けたまま寝たことで、ばい菌の量がものすごく増えたのだと思います。」
CUさん
「どうしたら良いのですか?」
先生
「まず、帰宅したらメガネに変えて装用時間を減らすようにしてください。そして、毎日片面20回ずつこすり洗いをお願いします。これができないのであれば、過酸化水素タイプの殺菌力の強い洗浄液を使うか、1dayに替えた方が安全です。」
先生
「一度角膜潰瘍になるとその部分に白い濁りが一生残ります。今回は角膜の端の方だったので、視力に影響しないと思いますが、中心部の瞳に重なると視力障害が残ってしまいます。ぜひ繰り返さないようにしてください。」
先生
「ばい菌より怖いのがアカントアメーバです。アカントアメーバは、水道水やプールの水にも住んでいます。アカントアメーバはばい菌を食べるため、ソフトコンタクトにばい菌が増えるとアカントアメーバも増えて感染することがあります。アカントアメーバによる角膜潰瘍は効果的な治療薬が無く、失明する人がいることも事実です。コンタクトレンズは正しく使ってこそ便利で安全なアイテムです。」
CUさん
「コンタクトレンズって、怖い物だったのですね。」
先生
「ばい菌が目に見えたら、だれでもしっかり洗い落とすと思います。見えないから困りますね。」
解説
中学から高校にかけてコンタクトレンズを始める近視の子供が増えます。強度近視になっている子はコンタクトレンズを好み、朝付けてから夜寝る前までの長時間使用になりがちです。なぜなら、近視が強いほどメガネが不便になるからです。視界の周辺部に歪みが生じやすく、これにより、頭痛や目の疲れを引き起こすことがあります。また、厚いレンズは目が小さく見えたり顔の輪郭がゆがんだりと自分の見た目に違和感を感じやすいという問題があります。ソフトコンタクトは、長く装用するほどにレンズに付着する細菌が増えることを知っていただきたいと思います。
中学から高校にかけてスマホなどでのネット使用時間が増えます。内閣府の調査ではネット使用時間が中学生は約4時間37分、高校生は約5時間45分でした。画面を見るとまばたきが4分の1ほどに減り角膜の潤いが減り乾燥します。いわゆる、ドライアイです。この状態が長く続くと、角膜の表面の細胞が早死にして角膜表面のバリアが壊れ、細菌感染に弱くなります。
角膜感染症が起きる2大条件は、
- 「レンズに細菌が増える」
- 「細菌から角膜を守るバリアが弱まる」
です。今の時代は、スマホやタブレットやPCなどを長時間使用し目が乾燥しやすい時代です。この時代に、長時間装用になりがちな近視が強い人は、角膜感染症の2つの条件がそろいやすいと言えます。学生も大人も、こうした液晶画面を見る時間を減らすことは現実的ではありません。つまり、ドライアイになりやすく、その結果角膜表面のバリアが弱くなるライフスタイルは避けられないということです。ですから、1のコンタクトレンズに細菌が増えることを避けるしかないのです。すなわち、レンズに細菌が増えないような適切なケアを習慣づけることが現実的な予防法なのです。
✓コンタクトレンズについてもっと詳しく ➡ 一般的な近視矯正法として定着した「コンタクトレンズ」
✓コンタクトレンズのケアについてもっと詳しく ➡ ケアの基礎知識(日本コンタクトレンズ学会)
第3話「受験なのに網膜剥離」
ある日の場面
高校3年生のHさんは、大学受験で勉強を頑張っていた6月ごろ視界になんとなく見えにくい場所があることに気が付きました。母親と眼科を受診したところ、網膜円孔による網膜剥離が見つかりました。網膜剥離と聞いて本人も母親も真っ先に受験は大丈夫だろうかと不安そうな様子でした。
先生
「この病気は手術で治りますのでご安心ください。治れば、元どおりの生活に戻れます。」
お母さん
「学校と予備校があるのですが、いつ手術を受ければ良いのですか?」
先生
「Hさんの網膜剥離は、網膜に小さく丸い孔が開いて起きたもので、進行がとてもゆっくりなタイプです。このため、経過を見ながら夏休みを利用して手術しましょう。」
Hさんとお母さん
「(安心した様子でうなずく)」
先生
「受験勉強は手術後1週間頃からできる範囲で始めてください。学校と予備校もその頃からOKです。激しい運動は1か月くらい控えましょう。」
Hさんは、夏休みに手術を受け、手術は問題なく終わりました。Hさんは、病院に通院しながら、勉強もがんばりました。もちろん、網膜剥離は治り、受験も成功しました。
解説
Hさんのように受験前の高校生、臨床実習中の医学部5年生、入学したばかり大学1年生など人生の大切な時期に網膜剥離が見つかり手術で治した経験があります。どの子も、近視が強いという共通点がありました。網膜剥離は手術が必要になりますので、日常生活に制限が生まれ、誰もがきつい思いをします。しかし、治療を頑張り治れば元の日常に戻れますので、恐れる必要はありません。
近視が強くなると、網膜剥離になりやすくなることが知られています。研究により数字は異なりますが、22倍や51倍なりやすいともいわれています。
なぜ近視が強くなると網膜剥離になりやすくなるのでしょう?この記事の最初の方にでてきた近視の正体を思い出してください。近視は眼球が前後に伸びすぎた状態でした。簡単に言うと、近視が強くなるほど眼球が伸びて目の壁が薄くなります。それに伴い網膜も薄くなり、孔が開きやすくなるのです。
近視が強い目の網膜剥離は、10代、20代の若いときに起きるおとなしい網膜剥離と、30代~50代で急激に進む網膜剥離の2つのタイプがあります。若い年齢で起きる網膜剥離は、近視が進む年齢で眼球が伸びたときに網膜の周辺部に「格子状変性」という帯状の薄くなった部位ができ、その中に「網膜円孔」という小さく丸い孔が開くことが原因です。この網膜円孔から目の中の水分が網膜の裏側に入り込んで起きるのが網膜剥離という病気です。
網膜剥離が、網膜の中心部にあり視力を司る黄斑にまで広がると視力が落ちてしまいます。遅くともそうなる前に手術で治す必要があります。若年期の網膜剥離は、ゆっくり広がるという特徴があります。このため経過を見ながら夏休みなどを利用して手術を行うことも可能です。
網膜剝離についてもっと詳しく ➡ 近視が強くなると網膜剥離発症リスクが増える